「…僕は誰にも、アスランを譲りたくない」



キラに向けられるウズミは感情の読めない瞳をしていた。無表情というのが一番近かった。
内心では不肖の息子が困ったこを言い出したと頭を痛めているに違いないから、無表情は寧ろ有難い。だが父の内心を想像するだに申し訳ないやら情けないやらで、増々居たたまれなくなってくる。
父はかける言葉もないほどに呆れたか、最悪怒らせてしまったのかもしれないと思った。


膝の上の拳を痛いほど握り締め、キラは沈黙に耐えた。


アスランを失いたくなくてここまで来たのだ。
例え遅過ぎたのだとしても、前言撤回なんて絶対したくなかった。




「……お前の気持ちは分かった」

やがてポツリと落ちてきた言葉は、キラの願いを肯定も否定もしないもの。良識のあるそれに、まぁ当たり前だろうな、と落胆に似た心持ちになった。

元々この婚約は政略的なもので、つまりはキラやカガリがどう思おうと関係ない次元の話なのだ。
即ちカガリが嫁いでもいいなら跡継ぎ問題も一気に解決となる。ならばよりよき方が選ばれて当然だ。
しかも彼女は押しも押されぬアスハ家の“一番目”なのだから。


(やっぱり…届かなかった・の?)
半ば絶望的になったキラは、固めた拳に再び視線を落とした。無意識に届かなかった手の平を開き、それを再び握り締める。戒めるように。


キラがこの手の中に入れたいと願ったものは、何もかも全て零れ落ちていく。大事なものを、欲しいものを掴めないならば、こんな手に意味などないではないか。
そう思うと自然握る力が強くなり、爪で傷が付いたのか手の平に小さな痛みが走った。


不意に視界があやふやになる。

こんなことで泣くなんて冗談ではない。今泣いたら手に入らないからと泣いて喚く、小さな子供の癇癪と同じだと、キラは浅い呼吸を繰り返すことで何とか込み上げてくるものを誤魔化そうとした。




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