反抗




「…逃げないのか?」
声は少し擦れていた。
「うん…」
答えるキラの声も同様に擦れていたが、逃げる必要性は全く感じなかったのだ。
深く考えもせず素直に頷いたキラに、アスランは目を細め、口角を僅かに上げた。
「そっか。逃げないのか」
(あ、微笑った――)

そのアスランの表情が、驚くほど幼くなったように思えた。目線が下にあることと、アスランが育ってきた環境に少しだけ触れてしまったからだろうか。


(狡いよなぁ…もう)

そんな一面を見せられたら、これ以上意地を張っているのが馬鹿馬鹿しくなってくる。もしかしたら本当に婚約解消を言い出したのは、パトリックの勇み足だったのではないのかと。


「もう一度言うぞ」
真剣なのだと分かる低い声に、キラも慎重に頷いた。
「これまでの父のやり方を全否定するつもりはないが、これに関しては例外だ。俺に変更の意思はない」
「………僕が‥二番目でも?」
これまでずっと自分に言い聞かせてきたことは、そう一朝一夕に覆せるものではないらしい。“二番目”と言われるのは歓迎せざる状況だろうに、自分で言ってしまう卑屈なキラを、アスランは鼻で笑ってやった。
「誰の評価だ、それは。何でこの俺が他人の下した評価なんかに従わなければならないんだ」
「――――、自信家」
「当然だ。俺はアスラン・ザラだぞ」
「なにそれ。意味分かんないし」


アスランの、意図した王さま発言に、やっとキラにも少しだけ笑う余裕が生まれた。

こうやって彼の周りの女の子たちは、アスランからの愛情を勘違いするのだろう。全てはアスランの常套手段で、単にちょっと毛色の変わったキラを面白がっているだけかもしれない。
でも今のキラの気持ちは“遊び相手”の女の子たちと何ら変わらない。アスランの言葉を仕草を、愛情に裏打ちされたものだと信じたいのだ。ならばこのまま熱に浮かされたフリで、彼女たちが受けるであろう恩恵を望んでも、そう贅沢なことではないのではないか。


そう思うと、急に目蓋だけのキスが物足りないものに感じた。




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