作戦勝ち
・
仮にアスランの本心が店主が言うようなものだったら、キラだって嬉しい。でも冷静に考えてみるまでもなく、自分たちの関係はそんな甘いものとは程遠いのだ。少なくとも自分にあのアスラン・ザラを惹き付ける要素は何ひとつないことくらい分かっている。
(…残念だけど)
あれは単に一度差し出したチョコレートに、引っ込みがつかなくなっただけ。だから彼も“施し”なんて言葉を遣ったのだ。
「ま、他人にゃ分かんないこともあるだろーがな」
急に元気を無くしたキラに、店主もそれ以上面白がるのは気が削がれたようで、一旦奥へ行きかけて、しかしもう一度振り返って付け足した。
「だがな、ヤマト。他人だから見えるもんもあるんだぞ」
その後新たな客が立て続けにはいって、キラは暫く忙しくなった。時折垣間見るアスランは全くキラに興味もないのだろう。ただ静かに本に視線を落としているだけであった。
そして馴染みの客へのコーヒーの出前ついでに釣り銭の両替に銀行へ寄って戻って来た時、既にアスランの姿はなかったのである。
彼の去ったテーブルはまだ片付いていなかった。キラが不在の間、店主一人で切りもりしていたから、そこまで手が回らなかったのだろう。
(なんだよ。せめて僕が戻るまで居てくれればいいのに)
アスランにしてみればそんな義理はない。時間が空いたから気に入りの店へ来て、その日たまたま顔見知りのウェイターがいた。そのくらいの認識でしかないのだ。
それが現実。でもキラは少なからず許婚者として意識し初めているから、一方的とは分かっていても、不満のひとつも出るというものだ。
ポツンと残されたコーヒーカップが余計に寂しさを強調するようで、キラは急いで片付けに向かった。綺麗に整えて、アスランの居た痕跡なんか全部消してしまえばいい。最初からなにもなかったことにすればいいのだ。
そうすれば挨拶もなしに立ち去った薄情な許婚者を詰る必要もないし、無駄に寂しい思いをすることもない。
心に開いたこの穴を認めてしまえば、孤独なキラには埋める方法など到底思い付きそうになかった。
「…―――あれ?」
ふとある異変に気付いて、キラは片付けの手を止めた。丸々残っているはずのあのケーキが忽然と消えていたのだ。
(甘いものは好きじゃないって言ってたのに…)
ただの妥協案だったチョコレートケーキ。
キラに“奢らせる”ための道具でしかなかった。
でもそれなら食べる必要もなかったはずでは?
急速にある考えがキラの脳内を占領し始める。
ひょっとして店主の言ったことが真実だったのではないかと。
そういえばチョコレートの遣り取りの最中、一瞬だけアスランが嬉しそうに笑ったのを思い出す。
仮に、仮にだ。あれが“交換条件”を口実に、キラからチョコレートを貰う作戦の成功を確信した、会心の笑みだったとしたら?
「…――――ばっかじゃないの?」
零れた呟きが、仮定に仮定を重ねて一喜一憂する自分を卑下したものか、子供みたいなことをするアスランを詰ったものかは自分でも判別がつかなかった。
ひとりでに弛む頬を意識的に引き締めながら、でもたまには翻弄されるのもそう悪いものじゃないなんて思ってしまう。
結局キラはこれがアスランの“キラからのチョコレートを貰うための作戦”という意見の方を採用しようと決めた。
どう受け取ろうとキラの勝手だし、どうせ真相を訊く機会もないし。
ならば断然その方が気分がいい。
勝ち逃げされた口惜しさを感じないではないが、それは
「精々胸ヤケに苦しめ、ばーか」
と、アスランが座っていた椅子に向かって、小さく舌を出すことで溜飲を下げたのであった。
その後貰ったバイト代からは、きっちりとケーキの料金が引かれていた。
了
20110305
仮にアスランの本心が店主が言うようなものだったら、キラだって嬉しい。でも冷静に考えてみるまでもなく、自分たちの関係はそんな甘いものとは程遠いのだ。少なくとも自分にあのアスラン・ザラを惹き付ける要素は何ひとつないことくらい分かっている。
(…残念だけど)
あれは単に一度差し出したチョコレートに、引っ込みがつかなくなっただけ。だから彼も“施し”なんて言葉を遣ったのだ。
「ま、他人にゃ分かんないこともあるだろーがな」
急に元気を無くしたキラに、店主もそれ以上面白がるのは気が削がれたようで、一旦奥へ行きかけて、しかしもう一度振り返って付け足した。
「だがな、ヤマト。他人だから見えるもんもあるんだぞ」
その後新たな客が立て続けにはいって、キラは暫く忙しくなった。時折垣間見るアスランは全くキラに興味もないのだろう。ただ静かに本に視線を落としているだけであった。
そして馴染みの客へのコーヒーの出前ついでに釣り銭の両替に銀行へ寄って戻って来た時、既にアスランの姿はなかったのである。
彼の去ったテーブルはまだ片付いていなかった。キラが不在の間、店主一人で切りもりしていたから、そこまで手が回らなかったのだろう。
(なんだよ。せめて僕が戻るまで居てくれればいいのに)
アスランにしてみればそんな義理はない。時間が空いたから気に入りの店へ来て、その日たまたま顔見知りのウェイターがいた。そのくらいの認識でしかないのだ。
それが現実。でもキラは少なからず許婚者として意識し初めているから、一方的とは分かっていても、不満のひとつも出るというものだ。
ポツンと残されたコーヒーカップが余計に寂しさを強調するようで、キラは急いで片付けに向かった。綺麗に整えて、アスランの居た痕跡なんか全部消してしまえばいい。最初からなにもなかったことにすればいいのだ。
そうすれば挨拶もなしに立ち去った薄情な許婚者を詰る必要もないし、無駄に寂しい思いをすることもない。
心に開いたこの穴を認めてしまえば、孤独なキラには埋める方法など到底思い付きそうになかった。
「…―――あれ?」
ふとある異変に気付いて、キラは片付けの手を止めた。丸々残っているはずのあのケーキが忽然と消えていたのだ。
(甘いものは好きじゃないって言ってたのに…)
ただの妥協案だったチョコレートケーキ。
キラに“奢らせる”ための道具でしかなかった。
でもそれなら食べる必要もなかったはずでは?
急速にある考えがキラの脳内を占領し始める。
ひょっとして店主の言ったことが真実だったのではないかと。
そういえばチョコレートの遣り取りの最中、一瞬だけアスランが嬉しそうに笑ったのを思い出す。
仮に、仮にだ。あれが“交換条件”を口実に、キラからチョコレートを貰う作戦の成功を確信した、会心の笑みだったとしたら?
「…――――ばっかじゃないの?」
零れた呟きが、仮定に仮定を重ねて一喜一憂する自分を卑下したものか、子供みたいなことをするアスランを詰ったものかは自分でも判別がつかなかった。
ひとりでに弛む頬を意識的に引き締めながら、でもたまには翻弄されるのもそう悪いものじゃないなんて思ってしまう。
結局キラはこれがアスランの“キラからのチョコレートを貰うための作戦”という意見の方を採用しようと決めた。
どう受け取ろうとキラの勝手だし、どうせ真相を訊く機会もないし。
ならば断然その方が気分がいい。
勝ち逃げされた口惜しさを感じないではないが、それは
「精々胸ヤケに苦しめ、ばーか」
と、アスランが座っていた椅子に向かって、小さく舌を出すことで溜飲を下げたのであった。
その後貰ったバイト代からは、きっちりとケーキの料金が引かれていた。
了
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