作戦勝ち
・
しかし今は見惚れている時ではなかった。
彼の笑顔に胸が高鳴った自分など絶対に知られる訳にはいかなくて、必要以上につっけんどんに渡された箱を突き返した。
「いらない。返す」
「気にするな。他にも山ほどあるから。どうせゴミ箱行きだ」
「それって酷い」
「お前なあ。俺が今日、一体どれだけチョコレートを貰ったと思ってんだ。あれを全部食えってか?無理に決まってるんだから、せめて一個でも消費されれば罪悪感も少なくて済む」
アスランも一度は差し出したものを簡単に引っ込めるつもりはなさそうだった。
「でも、これは貰えない」
それでもキラが頑なに拒否したのは、アスランへの想いの詰まったチョコレートを貰うなんて出来るわけがないからだ。当然そんな胸の内を知る由もないアスランは違う意味の解釈をしたらしく、一転、低い声で呟いた。
「…俺からの施しを受けるのがそんなに嫌ということか」
「そうじゃなくて――」
あぁ。今さっき綺麗に笑ってくれたのに、もう不機嫌になってしまった。させているのは自分だが、何でいつもこうなるのかと哀しくなってくる。今回悪いのはアスランの方だとは思うものの、キラだって彼のこんな顔が見たかったわけではないのに。
「じゃあ代わりに何か奢ってもらおうか。そうだな…チョコレートケーキがいい」
唐突な申し出に、落ち込みかけていたキラは目を見開いた。
何だろう、今のは。ひょっとして妥協案か?
「どうして僕が!」
「貰いっぱなしが嫌ということだろう?なら俺がお返しを貰えば話は簡単だ」
「別に僕、一言も欲しいなんて言ってないし。そもそもきみ、甘いものなんて食べるの?」
「好きではないな。食うと後で胸ヤケがする」
「じゃあ!」
「ご注文のようでしたのでお持ちしました」
このままでは永遠に続いただろう水掛け論に割って入ったのは、何時用意したものかテーブルに置かれたケーキの乗った皿と、儀礼的に頭を下げた店主であった。
大して興味もなさそうに、アスランは届いたケーキを一瞥する。
「ああ、済まないな」
「いいえ。代金はヤマトのアルバイト代から天引きしておくことに致しましょう」
「宜しく頼む」
キラが呆気に取られている間に、店主は再び一礼すると、さっさとカウンターへと戻ってしまった。
「店長!!」
他に客はいなかったからというのも手伝って、キラはつい責めるような厳しい口調で後を追った。
ところが店主はただニヤニヤしているだけ。キラの態度を咎めるつもりは毛頭ないようだ。それどころか
「お前さんも鈍いなぁ。察してやれよ」
などと言い出す始末。
半ば本気でキラはガックリと肩を落とした。
「……すいません。何のことだか僕にはさっぱり」
「くくく。やっこさん、ヤマトからのチョコレートケーキ、今頃ヤニ下がって眺めてるに違いないぞ~。色々言い訳を並び立てていたようだが、結局はお前さんからのチョコレートが欲しかっただけみたいだからな」
「ええっ!?」
「こっからじゃあの席は見えないぞ?」
「し・知ってますよ!そんなこと!」
咄嗟に振り向いてしまった自分が恥ずかしくて、益々強い口調で応戦してしまい、慌てて口を押さえた。
「可愛いもんじゃないか。そうか~、今日はバレンタインだものな~」
「違いますってば!あれは…、そうだ!物々交換みたいなもので――!!」
事実を言ったまでなのに、店主は嫌そうに眉を顰めた。
「…粋狂だな。お前さん、他の人間に貰ったチョコなんか欲しがったのか?」
「それも――違いますけど……」
段々と声に威力がなくなってきた。全力で否定したのは、店主にいらぬ勘繰りをされるのが恥ずかしかったから。
そして本当のところは、いらぬ期待をしたくなかったからである。
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しかし今は見惚れている時ではなかった。
彼の笑顔に胸が高鳴った自分など絶対に知られる訳にはいかなくて、必要以上につっけんどんに渡された箱を突き返した。
「いらない。返す」
「気にするな。他にも山ほどあるから。どうせゴミ箱行きだ」
「それって酷い」
「お前なあ。俺が今日、一体どれだけチョコレートを貰ったと思ってんだ。あれを全部食えってか?無理に決まってるんだから、せめて一個でも消費されれば罪悪感も少なくて済む」
アスランも一度は差し出したものを簡単に引っ込めるつもりはなさそうだった。
「でも、これは貰えない」
それでもキラが頑なに拒否したのは、アスランへの想いの詰まったチョコレートを貰うなんて出来るわけがないからだ。当然そんな胸の内を知る由もないアスランは違う意味の解釈をしたらしく、一転、低い声で呟いた。
「…俺からの施しを受けるのがそんなに嫌ということか」
「そうじゃなくて――」
あぁ。今さっき綺麗に笑ってくれたのに、もう不機嫌になってしまった。させているのは自分だが、何でいつもこうなるのかと哀しくなってくる。今回悪いのはアスランの方だとは思うものの、キラだって彼のこんな顔が見たかったわけではないのに。
「じゃあ代わりに何か奢ってもらおうか。そうだな…チョコレートケーキがいい」
唐突な申し出に、落ち込みかけていたキラは目を見開いた。
何だろう、今のは。ひょっとして妥協案か?
「どうして僕が!」
「貰いっぱなしが嫌ということだろう?なら俺がお返しを貰えば話は簡単だ」
「別に僕、一言も欲しいなんて言ってないし。そもそもきみ、甘いものなんて食べるの?」
「好きではないな。食うと後で胸ヤケがする」
「じゃあ!」
「ご注文のようでしたのでお持ちしました」
このままでは永遠に続いただろう水掛け論に割って入ったのは、何時用意したものかテーブルに置かれたケーキの乗った皿と、儀礼的に頭を下げた店主であった。
大して興味もなさそうに、アスランは届いたケーキを一瞥する。
「ああ、済まないな」
「いいえ。代金はヤマトのアルバイト代から天引きしておくことに致しましょう」
「宜しく頼む」
キラが呆気に取られている間に、店主は再び一礼すると、さっさとカウンターへと戻ってしまった。
「店長!!」
他に客はいなかったからというのも手伝って、キラはつい責めるような厳しい口調で後を追った。
ところが店主はただニヤニヤしているだけ。キラの態度を咎めるつもりは毛頭ないようだ。それどころか
「お前さんも鈍いなぁ。察してやれよ」
などと言い出す始末。
半ば本気でキラはガックリと肩を落とした。
「……すいません。何のことだか僕にはさっぱり」
「くくく。やっこさん、ヤマトからのチョコレートケーキ、今頃ヤニ下がって眺めてるに違いないぞ~。色々言い訳を並び立てていたようだが、結局はお前さんからのチョコレートが欲しかっただけみたいだからな」
「ええっ!?」
「こっからじゃあの席は見えないぞ?」
「し・知ってますよ!そんなこと!」
咄嗟に振り向いてしまった自分が恥ずかしくて、益々強い口調で応戦してしまい、慌てて口を押さえた。
「可愛いもんじゃないか。そうか~、今日はバレンタインだものな~」
「違いますってば!あれは…、そうだ!物々交換みたいなもので――!!」
事実を言ったまでなのに、店主は嫌そうに眉を顰めた。
「…粋狂だな。お前さん、他の人間に貰ったチョコなんか欲しがったのか?」
「それも――違いますけど……」
段々と声に威力がなくなってきた。全力で否定したのは、店主にいらぬ勘繰りをされるのが恥ずかしかったから。
そして本当のところは、いらぬ期待をしたくなかったからである。
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