作戦勝ち




途中、綺麗にラッピングされた箱を手にした例の女性客と擦れ違う。考えるまでもなく箱の中身はチョコレートに違いなかった。

アスランと何事か話している様子に、なんとなくコーヒーを運ぶタイミングを逸してしまったキラ。暫く遠目に眺めていると、横から店主にトレイごと奪われた。
「ヤマト、レジ頼む」
他にもう一組居た客が立ち上がったのだ。


「ありがとうございました」
こちらは男女の二人連れ。仲睦まじい雰囲気だったからひょっとしたら恋人同士なのかもしれない。
丁寧に下げた頭を上げると、いつの間に会話を終えたのか、あの女性客たちも続けて清算にやって来た。彼女らが先の展開など期待してない、所謂“渡すことが目標”というミーハータイプだったのは鈍いキラにも分かっていたものの、少なからずホッとする。
(って!安心してどうすんの、僕)
自分に突っ込みを入れてみたところで、縁も所縁もない彼女達を恨めしく思う気持ちは消えなかった。
確かに彼女達はアスランと付き合うとか具体的な夢を持ってない、無邪気で無害なタイプだった。
でも、その他の女の人はどうだっただのだろう。
この店にほんの数分居ただけで、はや二人の女性からチョコレートを貰うアスランである。見てなくても今日は朝からチョコレート攻めだったことくらい想像出来る。そしてその殆どの女の子が、アスランとお近付きになりたいと切望しているに違いないのだろうから。

(流石、音に聞こえたアスラン・ザラってことですか…)
それに対して自分はどうだ。今更チョコレートを渡すなんて、冗談にもいえやしない。第一当然のことながら用意もしていない。
(せめて買っとけばよかったかな)
いや、それこそ馬鹿げた考えだ。縦しんば買ってあって、尚且つこうして偶然アスランに会えたとしても、きっと自分には渡せなかっただろうと自嘲が零れた。
かつて義理チョコを貰う機会くらいならキラにもあったが、概ねバレンタインというイベントとは無縁の人生で、お菓子会社の販売戦略程度の認識だった。


それなのにチョコレートひとつでこんなに左右される日が来るとは。

人間、変われば変わるものである。




手早く食器を片付けてテーブルを拭きながらも、無造作に置かれたままになっているチョコレートが気になって仕方ない。余程見ていたのか、とうとうアスランが顔を上げた。
(うわっ!目があっちゃった!!)
即座に反らそうとしたキラだったが、視界の隅で、アスランがちょいちょいと手招きしたのが見えてしまった。客に呼ばれたのではウェイターとしては無視するわけにもいかない。
物凄く重く感じる足を引き摺るようにして、キラはアスランの元へと向かったのだった。



一体何を思ってのことか、アスランは無言でキラの鼻先に箱のひとつを突き付けた。
「…なぁに?」
「そんなに欲しけりゃやるよ」
「はぁ!?」
どこがどうなってそういう結論に達するのか、出来ることならその形のいい頭蓋骨をかち割って調べてみたいくらいの衝撃だ。
「い・いらないよ!きみが貰ったものじゃないか!!」
「なんだ。チョコレートは嫌いか?」
「……好きだけど」
「だろ?」
そう言って綻んだ表情がなにやらやたらと嬉しそうで、予想外の笑顔を間近で見てしまう結果になったキラは、受け取ったチョコの箱を手に、思わず絶句した。




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