作戦勝ち
・
「何できみが来るのさ」
来店を知らせるドアベルの音に反射的に笑顔になったキラは、次の瞬間、思い切り顔を顰めて呟いた。対する客はやや眉を寄せただけで、殆ど表情を変えることはなかったが。
「…喫茶店に茶を飲みに来る以外に理由がいるのか?」
相変わらずどこか的のずれたリアクションをするこの男は、アスラン・ザラ。今のところキラの“許婚者”である。
彼から明確な答えなど得られないと早々に諦めて、キラはカウンターの店主に助けを求めることに方針転換することにした。
「あれから時々利用して頂いてるんだよ」
勿論“あれから”とは例の貸し切り事件を指しているのだろう。しかしまさかその後もアスランがこの店を訪れていたとは、あの日がバイト最終日だったキラには知る由もなかった。店主の言葉に嘘はないらしく(嘘をつく必要もないが)、オーダーも取らずに既にコーヒーを淹れ始めている。その様子からしても、お決まりのメニューを店主が覚える程度には頻繁に通っているということは疑いようもなかった。
水とおしぼりをトレイに乗せて先に持って行くキラの耳に、傍の席に居た女性客の会話が耳に入った。
「ちょっと!今日来てみて良かったね!」
「バレンタインに一人なんて信じられない~!もしかして今はフリーってこと?」
「何でもいいじゃん!これでチョコ渡せるよ!」
妙齢の女性二人は小声(のつもり)で言い合いながら、ゴソゴソと鞄を探り始めた。成る程この店は彼の出没ポイントとしても認識されつつあるようだ。
勝手知ったる調子で奥まったテーブルに陣取ると、アスランは分厚い本を開いていた。
「いらっしゃいませ」
決まっているのなら注文を取る必要はないと手早く水を置いて去ろうとしたキラは、ふと彼が何かを呟いた気がして足を止めた。
「お前は?」
オーダーかと思いきや、彼の口から出た言葉は疑問型。しかも意味不明。
「きみねえ。余計なお世話かもしれないけど、ひょっとして友達少なくない?」
友達…と言われれば確かにそのカテゴリーに分類される顔は思い浮かばない。常にツルむ奴らは決まっているが、連中とはそういった関係では断じてなかった。
「なんでだ」
「僕がきみの言いたいことを、いつも理解出来ないから。それじゃ友達も出来ないだろ~な~と思っただけ」
言ってやった!という爽快感は意外にも少ないものだった。友達どころか“許婚者”である自分と彼がこれでは、不毛なだけだという絶望に似た気分が増しただけ。
「お前はなんで今日ここにいるんだ?」
アスランはというと、やっとでキラの主張を理解したらしく、面倒くさそうにだが言葉を追加してくれた。
(一応、会話を続ける意思はあるわけか)
そんな努力ともいえない努力をしてくれたことが嬉しいなんて、自分はどうかしているのだろうか。
「今日だけバイト代わったの。バレンタインデートだってさ」
最早何かあるとキラにバイトの代行を頼んでくるようになった友人。今日はカノジョとバレンタインを満喫するらしい。キラも貰えるものさえ貰えればいいから、文句などありはしない。1日だけならレイに煩わされることもないだろう。
解答が腑に落ちたのか、ふーんと鼻の奥で唸って、アスランは再び本へと意識を戻してしまった。
「きみは…あれからもこの店に来てたんだね」
「落ち着いた感じが気に入った。一人になるのに丁度いい」
「そう…」
最初から期待していた訳ではない。だがひょっとしたらという思いはあった。
ひょっとしたら、キラがまたウェイターのバイトに入るかもしれないと、彼がここに通ってくれていたのではないかと。
(んなわけないか)
その時店主がコーヒーカップをソーサーに置くカチャリという音が耳に届いた。アスランのコーヒーが淹った合図だ。キラは会話を中断してカウンターへと戻ったのだった。
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「何できみが来るのさ」
来店を知らせるドアベルの音に反射的に笑顔になったキラは、次の瞬間、思い切り顔を顰めて呟いた。対する客はやや眉を寄せただけで、殆ど表情を変えることはなかったが。
「…喫茶店に茶を飲みに来る以外に理由がいるのか?」
相変わらずどこか的のずれたリアクションをするこの男は、アスラン・ザラ。今のところキラの“許婚者”である。
彼から明確な答えなど得られないと早々に諦めて、キラはカウンターの店主に助けを求めることに方針転換することにした。
「あれから時々利用して頂いてるんだよ」
勿論“あれから”とは例の貸し切り事件を指しているのだろう。しかしまさかその後もアスランがこの店を訪れていたとは、あの日がバイト最終日だったキラには知る由もなかった。店主の言葉に嘘はないらしく(嘘をつく必要もないが)、オーダーも取らずに既にコーヒーを淹れ始めている。その様子からしても、お決まりのメニューを店主が覚える程度には頻繁に通っているということは疑いようもなかった。
水とおしぼりをトレイに乗せて先に持って行くキラの耳に、傍の席に居た女性客の会話が耳に入った。
「ちょっと!今日来てみて良かったね!」
「バレンタインに一人なんて信じられない~!もしかして今はフリーってこと?」
「何でもいいじゃん!これでチョコ渡せるよ!」
妙齢の女性二人は小声(のつもり)で言い合いながら、ゴソゴソと鞄を探り始めた。成る程この店は彼の出没ポイントとしても認識されつつあるようだ。
勝手知ったる調子で奥まったテーブルに陣取ると、アスランは分厚い本を開いていた。
「いらっしゃいませ」
決まっているのなら注文を取る必要はないと手早く水を置いて去ろうとしたキラは、ふと彼が何かを呟いた気がして足を止めた。
「お前は?」
オーダーかと思いきや、彼の口から出た言葉は疑問型。しかも意味不明。
「きみねえ。余計なお世話かもしれないけど、ひょっとして友達少なくない?」
友達…と言われれば確かにそのカテゴリーに分類される顔は思い浮かばない。常にツルむ奴らは決まっているが、連中とはそういった関係では断じてなかった。
「なんでだ」
「僕がきみの言いたいことを、いつも理解出来ないから。それじゃ友達も出来ないだろ~な~と思っただけ」
言ってやった!という爽快感は意外にも少ないものだった。友達どころか“許婚者”である自分と彼がこれでは、不毛なだけだという絶望に似た気分が増しただけ。
「お前はなんで今日ここにいるんだ?」
アスランはというと、やっとでキラの主張を理解したらしく、面倒くさそうにだが言葉を追加してくれた。
(一応、会話を続ける意思はあるわけか)
そんな努力ともいえない努力をしてくれたことが嬉しいなんて、自分はどうかしているのだろうか。
「今日だけバイト代わったの。バレンタインデートだってさ」
最早何かあるとキラにバイトの代行を頼んでくるようになった友人。今日はカノジョとバレンタインを満喫するらしい。キラも貰えるものさえ貰えればいいから、文句などありはしない。1日だけならレイに煩わされることもないだろう。
解答が腑に落ちたのか、ふーんと鼻の奥で唸って、アスランは再び本へと意識を戻してしまった。
「きみは…あれからもこの店に来てたんだね」
「落ち着いた感じが気に入った。一人になるのに丁度いい」
「そう…」
最初から期待していた訳ではない。だがひょっとしたらという思いはあった。
ひょっとしたら、キラがまたウェイターのバイトに入るかもしれないと、彼がここに通ってくれていたのではないかと。
(んなわけないか)
その時店主がコーヒーカップをソーサーに置くカチャリという音が耳に届いた。アスランのコーヒーが淹った合図だ。キラは会話を中断してカウンターへと戻ったのだった。
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