暴君
・
「そう悲観しなさんなって」
俯いてしまったキラの頭上から、店主のいつもと変わらない能天気な声がした。
「俺は結構、ヤマトにも勝算はあると踏んでるんだがな」
詳しい事情は知らないと言った同じ口で太鼓判を捺されても、何の励ましにもなりはしない。それでも店主の根拠のない自信が妙に可笑しくなる。
こんな時なのに笑えてしまう自分が不思議だった。
「…有難うございます」
「おう。そうやって笑ってろ。な~に、もしも駄目でも世界が終わるわけでもなし!気楽に行け」
「はい」
店主のお陰で少し気持ちが軽くなったとはいえ、心の準備が不充分なことに変わりはない。何を言われるのか予測が付いているだけに、彼らの元へ戻る足取りは自然に重いものになった。
「今日カガリ嬢にまでご足労頂いたのは他でもない、俺の意志を伝えるつもりだったんだが……キラ?」
途端に話を振られて、無様にもビクリと肩が揺れた。
「なんでこの男がここに居るのか、その理由を先に聞かせてもらおう。やっぱりコソコソ隠れて会うような関係だということか?」
「え?キラ、そうなのか?」
カガリにまで目を丸くされて、直ぐ様否定したかった。でも真摯に告白をしてくれたレイの目の前では、それも躊躇われる。
「違いますよ」
迷うキラに代わるかのように答えたのは、レイ本人であった。
「初めて貴方に会ったあの時、キラ先輩と一緒にいたのはただの偶然で、今俺がここに居るのは勝手に押し掛けただけで先輩に呼ばれたわけじゃない。ましてや隠れて会うような関係ではありません」
無言でレイに向けたアスランの眼光は相変わらず厳しい。睨むと言っても過言ではないほどだ。なのにレイは涼しげに本のページに目を落としたまま。
そして無論キラを助けた訳ではないのを証拠に、続いて一言付け加えられた。
「尤も、口説いている最中ではありますが」
「お前に訊いたわけじゃない。口出しはしないでもらおうか」
「ヤマト先輩…。俺の気持ちに応えられないのは、こんな男のせいなんですか?」
怒りを孕んだアスランの台詞を完璧に無視したレイに、ズバリと真相を訊かれて答えに窮する。キラ自身そこの所は複雑過ぎて、明確な答えがあるなら最初から苦労はしないのだ。
しかしキラにとって幸いだったのは、唐突に議論が中断を余儀なくされたことだった。
「そんなこと、どうだっていいだろう!」
当事者のはずが、いつの間にか蚊帳の外に置かれてしまう形になっていたカガリが、辛抱出来ないという風に会話を遮ったのだ。彼女にはキラが誰と付き合おうと興味ないのだから、腹が立っても無理はないだろう。
「アスラン、今日こそは返事を聞かせてもらえると思ったから、私もわざわざ来たんだぞ!」
強引に本題に戻したカガリに、アスランの言い分は耳を疑うほど簡単なものだった。
「俺の返事ならとうに決まっている」
「「え?」」
姉弟から申し合わせたように、異口同音に出た疑問符。
尤も言葉は同じでも、その様子は全くの正反対だった。
許婚者交替を露ほども疑っていないカガリは表情を明るくし、一方のキラは唇を噛み締めた。
明暗別れた二人の反応など意に介さず、アスランが続けた言葉は―――。
「俺の許婚者はキラだ。最初からそう言ってるし、この先も変更するつもりはない」
「っ!!きみ!馬鹿じゃないの!!」
咄嗟に叫んでしまって、キラは自分でも驚いた。
「…何が馬鹿だ」
対するアスランは至極強い態度を崩さない。まさかとは思うがこの婚約劇の根本的な原因を忘れてしまったかのようだった。
「だって!ザラ家がこの婚約に望んでいたのはアスハの名前でしょ!?でもカガリが駄目だったから、仕方なくきみのお父さんも僕で手を打ったんじゃないか!それでも本人であるきみにとっては僕なんか不満でしかなくて!逢えばいつも喧嘩みたいになっちゃうのもそのせいで!!」
「人のことは言えないだろう。お前だって俺が許婚者なんて真っ平ごめんだって言ってたじゃないか。それなりに利用価値があるような言い方もしてたよな」
「それは…確かに言ったかもしれないけど」
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「そう悲観しなさんなって」
俯いてしまったキラの頭上から、店主のいつもと変わらない能天気な声がした。
「俺は結構、ヤマトにも勝算はあると踏んでるんだがな」
詳しい事情は知らないと言った同じ口で太鼓判を捺されても、何の励ましにもなりはしない。それでも店主の根拠のない自信が妙に可笑しくなる。
こんな時なのに笑えてしまう自分が不思議だった。
「…有難うございます」
「おう。そうやって笑ってろ。な~に、もしも駄目でも世界が終わるわけでもなし!気楽に行け」
「はい」
店主のお陰で少し気持ちが軽くなったとはいえ、心の準備が不充分なことに変わりはない。何を言われるのか予測が付いているだけに、彼らの元へ戻る足取りは自然に重いものになった。
「今日カガリ嬢にまでご足労頂いたのは他でもない、俺の意志を伝えるつもりだったんだが……キラ?」
途端に話を振られて、無様にもビクリと肩が揺れた。
「なんでこの男がここに居るのか、その理由を先に聞かせてもらおう。やっぱりコソコソ隠れて会うような関係だということか?」
「え?キラ、そうなのか?」
カガリにまで目を丸くされて、直ぐ様否定したかった。でも真摯に告白をしてくれたレイの目の前では、それも躊躇われる。
「違いますよ」
迷うキラに代わるかのように答えたのは、レイ本人であった。
「初めて貴方に会ったあの時、キラ先輩と一緒にいたのはただの偶然で、今俺がここに居るのは勝手に押し掛けただけで先輩に呼ばれたわけじゃない。ましてや隠れて会うような関係ではありません」
無言でレイに向けたアスランの眼光は相変わらず厳しい。睨むと言っても過言ではないほどだ。なのにレイは涼しげに本のページに目を落としたまま。
そして無論キラを助けた訳ではないのを証拠に、続いて一言付け加えられた。
「尤も、口説いている最中ではありますが」
「お前に訊いたわけじゃない。口出しはしないでもらおうか」
「ヤマト先輩…。俺の気持ちに応えられないのは、こんな男のせいなんですか?」
怒りを孕んだアスランの台詞を完璧に無視したレイに、ズバリと真相を訊かれて答えに窮する。キラ自身そこの所は複雑過ぎて、明確な答えがあるなら最初から苦労はしないのだ。
しかしキラにとって幸いだったのは、唐突に議論が中断を余儀なくされたことだった。
「そんなこと、どうだっていいだろう!」
当事者のはずが、いつの間にか蚊帳の外に置かれてしまう形になっていたカガリが、辛抱出来ないという風に会話を遮ったのだ。彼女にはキラが誰と付き合おうと興味ないのだから、腹が立っても無理はないだろう。
「アスラン、今日こそは返事を聞かせてもらえると思ったから、私もわざわざ来たんだぞ!」
強引に本題に戻したカガリに、アスランの言い分は耳を疑うほど簡単なものだった。
「俺の返事ならとうに決まっている」
「「え?」」
姉弟から申し合わせたように、異口同音に出た疑問符。
尤も言葉は同じでも、その様子は全くの正反対だった。
許婚者交替を露ほども疑っていないカガリは表情を明るくし、一方のキラは唇を噛み締めた。
明暗別れた二人の反応など意に介さず、アスランが続けた言葉は―――。
「俺の許婚者はキラだ。最初からそう言ってるし、この先も変更するつもりはない」
「っ!!きみ!馬鹿じゃないの!!」
咄嗟に叫んでしまって、キラは自分でも驚いた。
「…何が馬鹿だ」
対するアスランは至極強い態度を崩さない。まさかとは思うがこの婚約劇の根本的な原因を忘れてしまったかのようだった。
「だって!ザラ家がこの婚約に望んでいたのはアスハの名前でしょ!?でもカガリが駄目だったから、仕方なくきみのお父さんも僕で手を打ったんじゃないか!それでも本人であるきみにとっては僕なんか不満でしかなくて!逢えばいつも喧嘩みたいになっちゃうのもそのせいで!!」
「人のことは言えないだろう。お前だって俺が許婚者なんて真っ平ごめんだって言ってたじゃないか。それなりに利用価値があるような言い方もしてたよな」
「それは…確かに言ったかもしれないけど」
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