暴君




キラが挨拶を含め、会話を交わしたのはカガリだけだ。自分が感情を読まれ易いタイプであることは認めるが、それにしてもあんな僅かな空気だけで、店主はキラがどちらを意識したのかを見抜いてしまったらしい。だからキラが強く意識した“連れの男”との関係を訊いたと言っているのだ。


「な~るほどねぇ」
「……何ですか?」
キラは止めていた動きを、意識的に再開させた。含みのある言い方についつい応じる声も尖ってしまう。



「俺が行ってもいいんだぞ?」
何をどう納得したかは知らないが、店主から面白がっている気配が消えた。だから尚更甘えられなくなった。
「いえ、僕が。これが仕事ですから」

いっそいつもの調子でもっと揶揄かってくれれば良かったのに。ただ面白がられたら、拗ねたフリをして店主に行ってもらうことも出来ただろうに。
やっぱりこの人は意地悪だ。

さりとてここで奥に引っ込んだって、どうせ彼らの様子が気になって仕方ないのも見えているのだから、彼流にキラの背中を押してくれたのかもしれない。




キラは一分の隙もないように注意深くウェイターの仮面を貼りつけると、小さく息を詰めて、アスランたちの元へと向かったのだった。




◇◇◇◇


「失礼します」
どういう訳かわざわざレイの隣のテーブルについていたアスランとカガリに声をかける。

酷く居心地が悪のは、三人が三人ともキラの顔を凝視しているからだろう。
中でもアスランからの視線は恐ろしく鋭いもので、キラは平静を装うのに相当苦労した。


黙々と水とおしぼりを置くと、キラは微妙に視線を逸らして笑うしかなかった。
「ご注文がお決まりになりましたら、またお声をおかけくださいませ」



駄目だ。とてもではないが、平常心を保つのはこれが限界だ。
自分を貶しながらもカウンターへ逃げることを選択した瞬間、耳に届いたのはアスランの制止の言葉だった。
「待て」
ザラ家の継承者として、幼い時から命令することには慣れているのだろう。短く静かではあるが、逆らうことの許されない絶対的な力を持っていた。思わず竦んだように立ち止まってしまった自分に舌打ちしたものの、キラごときでは到底抗える類のものではない。


「―――ご注文、お決まりなんでしたら先に伺いますけど」
精一杯平常心を掻き集めたキラにも、答えは実にシンプルだった。
「座れ」
「は?」
「聞こえなかったか?座れ」

苛立ったように繰り返された“命令”。しかし幸か不幸かキラの方にもきく訳にはいかない正当な理由があった。
「生憎ですが僕は仕事中ですので」
「ならこの店ごと貸し切らせてもらう」
「何言って――」
「幸い金なら幾らでもあるからな。店主!」


アスランがこんな風に金にあかせたもの言いをするのを聞いたのは初めてだ。キラがアスランを止める方法を模索している内に、呼ばれてやって来た店主との交渉はあっという間に終わってしまった。


「特例ですが構わんでしょ。本当なら貸切は事前に予約して貰うことにしてるんですが、他にお客もいませんし」
「請求はここへ頼む」
「承知致しました」

「て・店長!!」
その頃になってやっと正常な思考が巡り始めたキラが、堪らず店主の袖を引き、そのまま少し離れた店の隅へと引き摺って行く。




「まぁいいじゃないか。そう固く考えるな」
「でもそんなご迷惑」
「迷惑なんかであるもんか。ちゃ~んといただくもんはいただくんだし。ヤマトにしたって何を抱えてるのか詳しくは知らんが、一気に片付けるチャンスなんじゃないのか?」
「それは…」
キラは途端に心細くなって口籠もった。店主に遠慮したのも勿論事実だが、そんなものは所詮建前でしかないからだ。


本当は何の価値もないお前なんか必要ないと言われるのが。
分かってはいるつもりでも、面と向かって告げられるのがただ怖いだけなのだ。

他でもないアスランに。




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