暴君




二人がこの店へ現れたのが単なる偶然であると信じるほど、キラもお目出たくはない。少なくともエスコートして来たのだろうアスランは、ここにキラがいることを知っているはずだ。
勿論キラが知らせたのではなく、一々教えなくても、調べればすぐに分かる。



キラがいる店へ二人でわざわざやって来た。何の為に?


決まっている。


アスランがカガリを選んだと、キラに分からせる為だ。




足元が急に頼りなくなったような錯覚。


綺麗な綺麗な真昼の星。
やはりキラなどに掴めるものではなかったのだと。

だけど、何もこんなことをしなくても。


やっぱり酷い男なのだ。どうせキラが密かな想いを寄せていることなど知りもしないだろうから、多少はしょうがないところもあるが、仮にも許婚者の前に二人連れで来なくたって。




「やっぱり――!キラ!!」
胸の痛みを押し遣って、それでもキラは何とか微笑を貼りつけた。

「やあ、カガリ。久し振り」
「何で‥お前がここに?」
「そうだな。是非訊きたい」
続いて姿を現したアスランだったが、視線はキラに向けられてはいなかった。

「何故この男がこの店に?」


すぐに背後のレイのことだと気付いて顔を顰める。
考え得る最悪の四人だった。




「ヤマト~何やってんだ。お客様をご案内して」
普段通りのやや呑気な店主の声に、キラは後れ馳せながら我に返った。
「い・いらっしゃいませ。お好きなお席へどうぞ」
定番の台詞と共にペコリと頭を下げると、水とおしぼりを取りに足早に二人の脇を抜け、カウンターへと戻るキラ。
その後ろ姿を見送って、カガリは何故か重くなった空気を解消するためにボソリと呟いた。
「あっちに座るか」
わざわざ離れた席へ誘ったのは、アスランとこの見知らぬ男の間に漂う明らかに険悪な雰囲気を、まずは何とかしなければと思ったからだ。
「いや、ここでいい」
しかし折角の提案をあっさりと一蹴したアスランは、余程冷静さを欠いているらしく、今さっきまでの慇懃無礼な口調まで消えている。カガリは意識的に声を潜めた。
「でもお前、あの男と何かあるんじゃないのか?」
まさかキラを巡っての対立だとは思ってもみないカガリだが、友好的でないのは間違いない。
「揉め事なんか起こすなよ」
「寧ろ好都合だ」
「はぁ?」


自分に断りもなく、キラの周りをウロつく男。
ただの後輩だとキラは言っていたが、嘘だったのかもしれない。ならぱそれも一網打尽にしてくれると不敵に笑って、アスランはすぐ隣のテーブルに腰を下ろしたのだった。




◇◇◇◇


「知り合いか?」
「…――姉です」
手では作業をしながらも事情を訊かれて、キラは端的に答えた。
「お姉さん?まぁそういわれりゃ面差しに共通点が無くもないが…」
それにしては納得行かないような店主の様子に、キラは首を傾げた。
「?何ですか?」
「いや、そりゃ居て当たり前なんだろうけど。何となくお前さんは“家族”ってものに縁がないんだと思ってたから…。俺の勝手な思い込みなんだが、ちょっと意外だった」

大学の友人にさえ話したことのない身の上を、所詮は代打でしかないバイト先の店主に軽々に喋るキラではない。なのに当たらずといえど遠からずな彼の洞察力に、キラは苦笑を返すしかなかった。


「…それに」
更にワントーン下がった言葉が少しさっきにはなかった揶揄かいを滲ませていて、キラはおしぼりを取り出す手を止めた。



「俺が関係を訊いたのは彼女のことじゃなくて、連れの男の方だったんだがなぁ」


「!」


一瞬で真っ赤になったのが、自分でも判った。




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