暴君
・
「お待たせいたしました」
淹れたてのコーヒーをテーブルに運ぶと、レイは真っ直ぐキラを見詰めて静かに言った。
「これからも会ってくれませんか?」
「………………困るよ。前にも断ったはずだよね」
それは予想していた会話だったが、いざ言われてみるまでキラは自分がこんな気持ちになるとは思ってもみなかった。以前のように全く有り得ない話しではないと感じたのだ。
その揺らぎを察知出来ないほど、レイは鈍くはなかった。
「すいません。実は俺、あれからも何度か貴方を見ました。大学にもこっそり姿を探しに行ったりして。でも貴方はいつも独りだった」
「…………」
「独りで、寂しそうでした」
レイの言う通りだろう。キラはずっと独りだった。自分で望んでそうしているし、これからもそうだと思っていた。誰かと一緒に生きることを拒絶しているつもりはないが、それに値する相手が現われなかったから、いつしか諦めてしまっていたのだ。
「俺じゃ、駄目ですか?」
「きみは僕のことを何も知らないから、そんなことを言うんだよ」
「そうですね、確かに何も知りません。でも知らないからこそ、俺は貴方自身だけを見て、共に居たいと望んでる。全く興味がないとは言わないけれど、貴方のバックグラウンドなんかどうでもいい」
「!」
キラが大学の友人たちからも一線置いた付き合い方しかしていないのは、音に聞こえた名門の家系だからだ。妾腹とはいえその当主である男の息子である。周囲にアスハ家との関係を吹聴したくないのは、名に群がる人間が煩わしいからだ。そんな奴らは最低だとさえ思っている。
そして自活なんて出来もしないくせに、つまらない矜恃に縋って生きるしかない卑小な人間だ。
だからレイの言ってくれたことは、正直嬉しかった。アスハ家も妾腹も関係なく、ただキラだけを見て、望んでくれているのだから。
こんなに嬉しいことはないはずなのに。
カラン
「いらっしゃいませ」
客が来たことを知らせるドアベルの音と店主の声に、キラは入り口の方を振り返った。だがレイの座るいつもの席は店で一番奥まった場所にあったから、生憎客の姿までは確認出来なかった。
「返事は急ぎません。どうぞお仕事に戻ってください」
「レイ…」
「俺のことならお気になさらず」
そう微笑むと鞄から本を取り出してキラに示した。時間潰しのアイテムは既に用意して来ていたのだ。
申し訳ないとは思うが、バイトである以上、キラは接客に戻らなければならない。
「ごめん」
小さく呟いて、踏み出したキラの足が、脈絡もなく凍り付いたように止まった。
「中々いい雰囲気の店じゃないか」
騒々しいほどの大きな声。姿を見なくても、キラが間違うはずがない。
(――――カガリ?どうして彼女がここへ?)
それだけでも頭の中が真っ白になるほどの衝撃だったのに、彼女に答えた声がもっとキラを驚愕させた。
「俺も初めて来る店なんですが。お気に召して頂いたのなら何よりです」
アスラン――!?
一瞬で、色んな思考が脳裏を過る。
散らばった紙切れにも似た取り留めのないそれらは、どれひとつ取ってもキラに楽しいものではなかった。
「キラさん…?」
固まったように動かないキラを、レイが不審げに見上げるのと、店主の声が飛んできたのはほぼ同時だった。
「おーい、ヤマト~!お客さん!」さっさと席に案内し、オーダーを取りに行けとの催促だ。
分かっている。それがキラの仕事なのだから。でも言われたくなかった。
「はぁ?ヤマトだって!?まさか!」
カガリの台詞に続いて、ズカズカとこちらへやって来る足音が聞こえた。
思わず一歩後ろへ下がったキラだったが、逃げ場などないし、よしんば逃げ出したとしても意味などなかった。
・
「お待たせいたしました」
淹れたてのコーヒーをテーブルに運ぶと、レイは真っ直ぐキラを見詰めて静かに言った。
「これからも会ってくれませんか?」
「………………困るよ。前にも断ったはずだよね」
それは予想していた会話だったが、いざ言われてみるまでキラは自分がこんな気持ちになるとは思ってもみなかった。以前のように全く有り得ない話しではないと感じたのだ。
その揺らぎを察知出来ないほど、レイは鈍くはなかった。
「すいません。実は俺、あれからも何度か貴方を見ました。大学にもこっそり姿を探しに行ったりして。でも貴方はいつも独りだった」
「…………」
「独りで、寂しそうでした」
レイの言う通りだろう。キラはずっと独りだった。自分で望んでそうしているし、これからもそうだと思っていた。誰かと一緒に生きることを拒絶しているつもりはないが、それに値する相手が現われなかったから、いつしか諦めてしまっていたのだ。
「俺じゃ、駄目ですか?」
「きみは僕のことを何も知らないから、そんなことを言うんだよ」
「そうですね、確かに何も知りません。でも知らないからこそ、俺は貴方自身だけを見て、共に居たいと望んでる。全く興味がないとは言わないけれど、貴方のバックグラウンドなんかどうでもいい」
「!」
キラが大学の友人たちからも一線置いた付き合い方しかしていないのは、音に聞こえた名門の家系だからだ。妾腹とはいえその当主である男の息子である。周囲にアスハ家との関係を吹聴したくないのは、名に群がる人間が煩わしいからだ。そんな奴らは最低だとさえ思っている。
そして自活なんて出来もしないくせに、つまらない矜恃に縋って生きるしかない卑小な人間だ。
だからレイの言ってくれたことは、正直嬉しかった。アスハ家も妾腹も関係なく、ただキラだけを見て、望んでくれているのだから。
こんなに嬉しいことはないはずなのに。
カラン
「いらっしゃいませ」
客が来たことを知らせるドアベルの音と店主の声に、キラは入り口の方を振り返った。だがレイの座るいつもの席は店で一番奥まった場所にあったから、生憎客の姿までは確認出来なかった。
「返事は急ぎません。どうぞお仕事に戻ってください」
「レイ…」
「俺のことならお気になさらず」
そう微笑むと鞄から本を取り出してキラに示した。時間潰しのアイテムは既に用意して来ていたのだ。
申し訳ないとは思うが、バイトである以上、キラは接客に戻らなければならない。
「ごめん」
小さく呟いて、踏み出したキラの足が、脈絡もなく凍り付いたように止まった。
「中々いい雰囲気の店じゃないか」
騒々しいほどの大きな声。姿を見なくても、キラが間違うはずがない。
(――――カガリ?どうして彼女がここへ?)
それだけでも頭の中が真っ白になるほどの衝撃だったのに、彼女に答えた声がもっとキラを驚愕させた。
「俺も初めて来る店なんですが。お気に召して頂いたのなら何よりです」
アスラン――!?
一瞬で、色んな思考が脳裏を過る。
散らばった紙切れにも似た取り留めのないそれらは、どれひとつ取ってもキラに楽しいものではなかった。
「キラさん…?」
固まったように動かないキラを、レイが不審げに見上げるのと、店主の声が飛んできたのはほぼ同時だった。
「おーい、ヤマト~!お客さん!」さっさと席に案内し、オーダーを取りに行けとの催促だ。
分かっている。それがキラの仕事なのだから。でも言われたくなかった。
「はぁ?ヤマトだって!?まさか!」
カガリの台詞に続いて、ズカズカとこちらへやって来る足音が聞こえた。
思わず一歩後ろへ下がったキラだったが、逃げ場などないし、よしんば逃げ出したとしても意味などなかった。
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