暴君




「…――――ア――」



思わずカガリは駆け出した。

「アスラン!」



それは腹が立つほど会いたいと願っていた、アスランの姿だったからであった。




走り寄るカガリにやっと気付いたアスランは、夜会の時のように優雅に腰を折った。
「ご無沙汰しております。お元気そうで何よりです」
「堅っ苦しい挨拶なんか抜きだ!一体どうなってんだ!?私からの申し出に返事はないは、急にこうして現われるわ!それとも――」
「うちの車ですが、まずは乗りませんか?」
苦笑をされて、自分がどれほど興奮しているかを見透かされているようで何となく口惜しくなり、カガリはパクンと口を閉じてコクンと頷いたのだった。




「何処へ行くんだ?」
車が走り出してからそれを尋くかと呆れたアスランだが、そんな彼の蔑む視線を感じ取れるほどカガリは聡くはない。色んな感情でぐちゃぐちゃの今は特にそうだった。
然したる言い訳工作も必要なさそうで、アスランにとっては却って好都合でしかなかった。
「折角の有難いお申し出を頂いておきながら、今日までお返事を差し上げなかったお詫びを兼ねて、お茶にでもお誘いしようかと思いまして。お時間少々頂戴出来ますか?」
「予定はない」
「良かった。ですが俺も所詮は下賎の育ちです。あまりカガリ嬢に相応しくない店かもしれないことを、先にお断りしておかなければ」
「ん?」
「所謂“喫茶店”という場所です。お嫌なら変更の用意があります」
「とんでもない!」
それこそカガリが望んでいたことだった。しかも同席の相手がアスランなら始めから文句などあるはずはない。

幸か不幸か女の心理に詳しいアスランである。その辺りの計算が出来ないほど馬鹿ではなかった。


「一度そういう所へ行ってみたかったんだ。任せる」



アスランは安心したようにカガリに笑って見せると、運転手に目的地の変更がない旨を伝えたのだった。




(やっぱりな)
カガリは現状に退屈しているのだ。それも自らは恐くてはみ出したり出来ない、お嬢様の甘え程度のレベルのもの。
だがそれすらアスランにとっては都合のよいものでしかなかったのである。




◇◇◇◇


レイがキラのいる店に顔を出したのは、バイトの代行最終日のことだった。ひょっとしたら何もないまま終わるかもと思っていた矢先だったので、落胆したような、でも久々に顔が見られて嬉しいような複雑な気分を味わった。



「お元気そうですね」
レイはほぼ一年前にいつも彼が座っていた同じ席について、オーダーを取りに来たキラに穏やかに微笑んでくれた。
「うん、きみも。それとクリスマスプレゼント、有難う。お礼を言うのが随分遅くなっちゃったけど」
「いいえ。あれは俺が勝手に押しつけたようなものですから。却って迷惑になったんじゃないかと心配してました」
「そんなことない。嬉しかったよ。今も鞄に付けさせてもらってる」
「本当ですか?」
パッと顔を輝かせたレイは、随分と幼く見えた。
「嘘言ってどうすんの」
「ですね」
何となく可笑しくなって、二人笑い合う。不思議なくらい穏やかな空気だった。


「ご注文は、前と同じでいいのかな」
「はい。お願いします」
「畏まりました。少々お待ちくださいませ」



レイがいつもここで飲むスペシャルブレンドをカウンターの中にいる店主に伝えた。
「仲直り出来たみたいで良かったな」
「…はい」
以前キラがレイと友好的とはいい難い別れ方をしていたのを知っている店主も、様子に気を配ってくれていたらしい。喧嘩していたわけではないから、厳密にいえば“仲直り”というのは的確な表現ではなかったが、キラは敢えてそれを訂正することはなかった。
彼から見れば仲違いしたように見えたのだろう。気にかけてくれていたことに比べれば些細なことに思えた。




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