暴君
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確かに家柄は釣り合っている。だがそれだけだ。
ユウナ本人は親の権力を振りかざすだけで、何の中身も面白みもない男。それでいて色欲だけは一人前らしく、また家の名に引かれてやってくる女もいるものだから始末に負えない。
そんなユウナをずっと嫌っていたカガリの前に、突然現われたのがアスラン・ザラだったのだ。
キラの許婚者として最初に会った時の記憶は定かではない。というかいい印象などあるはずなかった。かつては貴族の流れを汲む名門アスハ家の名前が欲しいだけ。いかにも成金の考えそうなことだと辟易としたものだ。そんな欲のために利用されるのはまっぴらごめんだった。
父親もそんなカガリの気性を知っているからこそ最初からキラを差し出したのだ。
自分の身に降り掛からなかったから、それならそれで構わないかと誕生パーティに呼んでやった。名声を欲しがる彼らにとって、これ以上の舞台はないと知っていたからだ。
だが、彼は招待を辞退してきた。
その頃からである。アスランはカガリが蔑むような人間とは違うのではないかと気になり始めたのは。
そしていつかの夜会の日。偶然見かけたアスランにカガリは戸惑った。そのまま通り過ぎていればあちらも気付かなかっただろう。でも考えるより先に足が動いた。
振り返ったアスランが完璧なポーカーフェイスで挨拶してくるのを途中で遮ったのは、自分の行動に驚いて焦っていたから。
思い付くまま必死で会話を繋げていたのに、何故かどんどんアスランの機嫌は降下していくようだった。
今以てカガリにはその理由が解らない。
こちらがキラなどを差し出したからだろうか。ザラ家は当然カガリを望んでいただろうから、当てが外れて少し気分を害しているのかもしれない。そこの所を聞いてみたいと思ったのに、アスランがさっさと踵を返して立ち去ろうとしたから、咄嗟に後を追おうとしたカガリは足にドレスが絡んでしまった。
そして危うく転んでしまうところを、アスランの強い腕に救われたのだ。
らしくないとはいえ、カガリは深窓の令嬢だ。異性とここまで接近したのは初めてで、片手でカガリを支える力強さや女にはないしっかりした骨格に何故か胸が高鳴った。
落ち着かないそわそわした気分。
不思議とそれが全く不快ではない。
余りの予想外の出来事に動揺し、礼を言うことすら失念してしまったが、もっと彼を知りたいと思う気持ちは日を負う毎に増していき、カガリはぼんやりアスランのことを考える時間が多くなった。思えばカガリに対してあそこまで敵愾心とまではいかないが、無言の拒絶をしてきたのもアスランが初めてだったのではないだろうか。
何もかもが初めて尽くし。
すっかり翻弄されていたカガリは、完全に忘れていたのだ。
20才になれば正式に許婚者が決定するということを。
拒否権はある。だが良家の子女にとって家長の言い付けは絶対で、それを疑う者すら稀だ。大抵はまだほんの子供の時、いや生まれる前から決まっている仮の許婚者と正式に婚約を交わし、結婚するのが通例であった。
それでも。
敢えてカガリはそれを覆してみようと思ったのである。
(…なのにどうしてすんなりと行かないんだ?)
望まれていたのはカガリの筈だ。その自分が了承しているという意志を伝えてから、そろそろ一ヵ月が経過する。キラに直接アスランへの打診を頼んでからならもっと経つ。なのにザラ家の反応は鈍いくらい遅かった。
いい加減、考え過ぎて腹が立ってきたが、自分の方からアスランに会いに行くわけにもいかず、苛々は募るばかりのカガリだった。
溜息と共に差し掛かった校門付近が、妙に普段と様子が違っていて、カガリは思考を一時中断した。歩いて登校する学生などいないこの学園には専用の“車寄せ”なる場所があるのだが、皆一様にそちらの方を見ながら何事か囁き合っている。釣られて視線を向けた先には、居並ぶ高級車の中でも最高級の車があった。
そしてその車の傍に佇む長身を、カガリが見間違う筈がなかったのである。
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確かに家柄は釣り合っている。だがそれだけだ。
ユウナ本人は親の権力を振りかざすだけで、何の中身も面白みもない男。それでいて色欲だけは一人前らしく、また家の名に引かれてやってくる女もいるものだから始末に負えない。
そんなユウナをずっと嫌っていたカガリの前に、突然現われたのがアスラン・ザラだったのだ。
キラの許婚者として最初に会った時の記憶は定かではない。というかいい印象などあるはずなかった。かつては貴族の流れを汲む名門アスハ家の名前が欲しいだけ。いかにも成金の考えそうなことだと辟易としたものだ。そんな欲のために利用されるのはまっぴらごめんだった。
父親もそんなカガリの気性を知っているからこそ最初からキラを差し出したのだ。
自分の身に降り掛からなかったから、それならそれで構わないかと誕生パーティに呼んでやった。名声を欲しがる彼らにとって、これ以上の舞台はないと知っていたからだ。
だが、彼は招待を辞退してきた。
その頃からである。アスランはカガリが蔑むような人間とは違うのではないかと気になり始めたのは。
そしていつかの夜会の日。偶然見かけたアスランにカガリは戸惑った。そのまま通り過ぎていればあちらも気付かなかっただろう。でも考えるより先に足が動いた。
振り返ったアスランが完璧なポーカーフェイスで挨拶してくるのを途中で遮ったのは、自分の行動に驚いて焦っていたから。
思い付くまま必死で会話を繋げていたのに、何故かどんどんアスランの機嫌は降下していくようだった。
今以てカガリにはその理由が解らない。
こちらがキラなどを差し出したからだろうか。ザラ家は当然カガリを望んでいただろうから、当てが外れて少し気分を害しているのかもしれない。そこの所を聞いてみたいと思ったのに、アスランがさっさと踵を返して立ち去ろうとしたから、咄嗟に後を追おうとしたカガリは足にドレスが絡んでしまった。
そして危うく転んでしまうところを、アスランの強い腕に救われたのだ。
らしくないとはいえ、カガリは深窓の令嬢だ。異性とここまで接近したのは初めてで、片手でカガリを支える力強さや女にはないしっかりした骨格に何故か胸が高鳴った。
落ち着かないそわそわした気分。
不思議とそれが全く不快ではない。
余りの予想外の出来事に動揺し、礼を言うことすら失念してしまったが、もっと彼を知りたいと思う気持ちは日を負う毎に増していき、カガリはぼんやりアスランのことを考える時間が多くなった。思えばカガリに対してあそこまで敵愾心とまではいかないが、無言の拒絶をしてきたのもアスランが初めてだったのではないだろうか。
何もかもが初めて尽くし。
すっかり翻弄されていたカガリは、完全に忘れていたのだ。
20才になれば正式に許婚者が決定するということを。
拒否権はある。だが良家の子女にとって家長の言い付けは絶対で、それを疑う者すら稀だ。大抵はまだほんの子供の時、いや生まれる前から決まっている仮の許婚者と正式に婚約を交わし、結婚するのが通例であった。
それでも。
敢えてカガリはそれを覆してみようと思ったのである。
(…なのにどうしてすんなりと行かないんだ?)
望まれていたのはカガリの筈だ。その自分が了承しているという意志を伝えてから、そろそろ一ヵ月が経過する。キラに直接アスランへの打診を頼んでからならもっと経つ。なのにザラ家の反応は鈍いくらい遅かった。
いい加減、考え過ぎて腹が立ってきたが、自分の方からアスランに会いに行くわけにもいかず、苛々は募るばかりのカガリだった。
溜息と共に差し掛かった校門付近が、妙に普段と様子が違っていて、カガリは思考を一時中断した。歩いて登校する学生などいないこの学園には専用の“車寄せ”なる場所があるのだが、皆一様にそちらの方を見ながら何事か囁き合っている。釣られて視線を向けた先には、居並ぶ高級車の中でも最高級の車があった。
そしてその車の傍に佇む長身を、カガリが見間違う筈がなかったのである。
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