暴君




「いやだ~アスランたらどうしたの~?大丈夫?」
女たちは皆アスランに話し掛けたくてウズウズしているのが常だから、その切っ掛けを与えてしまった形になり、たちまち周りに集まって来た。アスランの恋人の座を虎視眈々と狙っている女たちだ。こんなチャンスを棒に振ったりはしない。

入れ替わるようにイザークは身を引いたが、意味深な笑みを敢えて隠そうともせずに、アスランにだけ聞こえる声で言い残すのは忘れなかった。


「図星を指されて動揺か。いつまでもウジウジ考えてないで、自分でどうにかすればどうだ。いい加減女々しいぞ」



それはいつものイザークらしい言い方で、アスランに相応の反発心を起こさせるに充分な台詞だったが、妙にストンと胸に落ちる言葉でもあったのだ。




◇◇◇◇


「なぁ頼むよ、ヤマト!」
それは生業としているバイトのピンチヒッターの話しであった。
「急な話っていうのは充分承知だけどさ、俺、今度のレポートでコケたら、マジ単位やべーんだって!」
「う~ん…」
「お前にも都合があるだろうってのも分かってる!けどどうにかなんないか!?今日から一週間だけでいいんだ!」
「都合…は別に…悪いってわけじゃないんだけど」
事実レポート提出が必要な教科はキラの得意分野だったし、既に仕上がってもいた。加えてバイトがない時に引き受けている教授の手伝いも入ってなくて、たまには早く帰ってのんびりするのもいいかと思っていた矢先だったのだ。本来なら快く引き受ける条件なのだが。
渋るには理由があった。



バイト先は前にやった母校の高校近くの喫茶店。そこのウェイターだったからである。

店自体は嫌いではない。店長が暇潰しにキラを揶揄うのには閉口ものだが、それにさえ目を瞑れば懐の深いいい人だ。友人もそんなバイト先を失いたくはないのだろう。キラだって勝手が分かっているぶん、やりやすい。

しかしもしもレイに見付かってしまったらという警戒が先に立つ。


彼には告白はされたが、ちゃんと断っている。だからそんなに警戒しなくてもとも思う。でも気が進まないのも本当で、返事の言葉は重くなる一方だった。



「頼むよ~ヤマト~!これこの通り!」
とうとう拝むポーズまで始めた友人に根負けし、キラは押し切られるカタチで了承することになったのである。




(一週間だけ。それもたった一日数時間だもんね。またレイが来るとは限らないんだし)
店へ向かう電車の中でキラは自分にそう言い聞かせた。寧ろ会う確率の方が遥かに低いだろう。またキラがあの店にいることを知ったとしても、最後に会った日の気まずい別れ方を考えると、わざわざ顔を出すような物好きはあまりいない。


少し気楽になったキラは、そうして出した自分の結論が僅かにブレていることに気付いた。
あんなに強引に迫られたのに、実はキラは芯からレイを嫌っているわけではない。言葉遣いは丁寧だし、悪くないのだろう育ちの良さを彷彿とさせる物腰。可愛いというには些か育ち過ぎてはいるものの、一途さが危なっかしくも思えて放っておけない気分にさせるのだ。


会いたくないというのがレイ本人のせいではないなら、それは――。



考えないようにしていた宵闇の髪が脳裏を過る。


アスランが大きく影響しているせいに疑いようはないからだ。




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