暴君




「お前が淹れられるもんなら何でもいい」
「ぼ・僕が淹れるのーーっ!?」
「当たり前だ」
予想通りの慌てふためく反応に、アスランはわざと意地の悪い笑みを向けてやった。
「自分の許婚者の腕がどんなものか、知っておくいい機会だしな」
「そ――!だ・だけど!僕はただのバイトの、しかも代行で!」
ホールのことは少しなら分かるが、カウンター内の仕事なんて任されたこともない。実生活を合わせてみても、豆からコーヒーを淹れた経験すら乏しいのでは、まともなものを飲ませられるはずがなかった。
「やり方なら店主に聞けばいいだろう?“ただのバイトの代行”のお前が、まさかお客様の申し出を断っていいなんて甘いこと考えてるんじゃないだろうな。それとも所詮代行だからって適当にやってるのか?」
「!そんないい加減な気持ちじゃないよ!」
「なら、頑張ってもらおうか」

(しまった!嵌められた!!)
売り言葉に買い言葉で言ってしまった台詞。後悔してももう引っ込みなどつかない状況だ。かくなる上はアスランの肥えた舌を唸らせるような美味いコーヒーを飲ませて、一泡ふかせてやるしかない。

「店長!!」
クルリと背を向け勇んでカウンターへ戻るキラを見送って、アスランは笑いを噛み殺した。

(やっと元気になったな…)




カウンター内で始まったキラの奮闘の様子を耳にしながら、やっぱり残ったのは正解だったと思った。

キラの推測は概ね当たっていて、迎えの車は呼んである。但し、二時間後に来るようにと。
二時間後はキラがこの店のバイトを終える時間だった。

イザークの言った通りだ。流されるなんて自分らしくない。
一番目とか二番目とか他人の評価に左右されるなどもっての他だ。

(悪いが俺の決めたことに、従ってもらうからな。キラ)
後はカガリを断る有効な手段を考えるだけ。きっと自分にとってそう難しいことではない。



コーヒーのいい匂いが漂い始めた店内に、たった一人の客として座るアスランの瞳が驚くほど優しかったのを、残念ながら本人は勿論誰も気付くことはなかった。




悪戦苦闘の末、ようやくキラが淹れたコーヒーを「不味い」の一言で片付けられるのは、もう少し後の話。





20110108
13/13ページ
スキ