暴君
・
形だけ手に入れたって、既にキラの気持ちは納まりそうにない。当然結婚後も他の女の人の元へ通うアスランに、辛い思いをするのは目に見えている。
それでもキラからなかったことにすることは出来なかった。カガリがその気になった今となっては、そうした方がウズミも喜ぶと分かっていても。
もうこの気持ちの理由が分からないキラではない。
なのにレイとの仲を勘ぐられたりして。レイについては改めて自分からちゃんと否定しておく必要を感じたが、果たして次にアスランに逢えるのは一体いつになることやら。
一応まだ許婚者でいられたようだから、逢うのは今日が最後というわけでもなさそうだが。
つらつらと起きたことを順に辿っていたキラは、今更ながらアスランに対して腹が立ってきた。ただの八つ当たりだというのは百も承知だったけれど、アスランだって責められて然るべきだ。
よりにもよってカガリとツーショットで現れるなんて、キラが何も感じないとでも思っているのだろうか。三人が顔を合わせる場を作りたかったなら、彼女を呼べばいいだけのことだ。呼び出すのが失礼にあたるというのなら、迎えの車を出せば良かったではないか。
(そうだよ、こういうのを無神経っていうんだ!言ってやれば良かった!!)
そんな男にキラがレイと居た事実を誤解して、ましてや非難する資格なんて絶対にない。
「…何だよ、アスランのば~か」
「馬鹿とは聞き捨てならないな」
どうせ一人だからと声に出した呟きに、思ってもいない反論が返ってきて、ぎょっとして顔を上げた。
「え!?何で――!?」
体勢を崩してガタンと椅子が鳴る。
息が上手く出来ないほど、心臓が脈打ち始めた。
何しろ
腕組みをして立っていた声の主は、去ったはずのアスランだったからである。
◇◇◇◇
「何でもなにも、まだお茶の一杯も飲ませてもらってない」
貸切ったのは俺のはずなのに…などとブツブツ言いながら、アスランはキラのすぐ前の座にドカリと腰を下ろした。
ドアベルの音は店主ではなく、アスランが店に戻った音だったらしい。
「…帰ったんだと思った」
「カガリ嬢に大学へ戻ると言ったことなら、あんなものただの口実だぞ」
「それは…分かってたけど」
確かに期待はしたが、それがここに残るということにはならない。
「外でどっかに連絡してたみたいだし」
「ああ、別の車を呼んだんだが、寄越すのに時間がかかるらしい。この寒いのに外で待ってる理由もないだろう?」
「そう」
ならば車さえあれば、すぐに帰ってしまうつもりだったということだ。
落胆と同時に、少しならアスランといられるのだという歓びも湧いたりして、キラは複雑な気分を味わった。
「期待したか?」
「ばっ・馬鹿言って!」
即座に否定したものの、図星を突かれて一気に顔に熱が集中するのまでは止められなかった。ここで真っ赤になってしまっては、白状したも同然だ。その焦りが益々キラの平常心の壁を付き崩して、また焦った。
何が可笑しいのか、アスランはキラの変化を唇の端を上げて観察している。
多分、優位に立っているのはアスランの方。今まで他人と付き合ったことさえないキラでは、最初から太刀打ち出来る相手ではないのだ。
「ぼ・僕、仕事に戻るから!」
しかしこれはさっきも出したカードで、効力に余り期待はできない。案の定落ち着き払って揶揄かわれただけだった。
「ふーん。逃げるのか?」
「誰が!逃げてなんか!」
キラが反発することを分かっていて、敢えてアスランはその言葉を使った。キラを振り向かせたくて。
余裕の笑みは崩さずに、アスランは続けた。
「生憎だな。まだこの店は俺が貸切ったままだ。まぁそんなに仕事がしたいなら、俺に茶でも淹れて来てもらおうか」
「…いいけど、何飲むの?」
このままここで彼と顔を突き合わせているくらいなら、ウェイターをやった方がマシだ。助かったと内心で安堵して、キラは立ち上がった。
が、勿論、ただで逃がすアスランではない。
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形だけ手に入れたって、既にキラの気持ちは納まりそうにない。当然結婚後も他の女の人の元へ通うアスランに、辛い思いをするのは目に見えている。
それでもキラからなかったことにすることは出来なかった。カガリがその気になった今となっては、そうした方がウズミも喜ぶと分かっていても。
もうこの気持ちの理由が分からないキラではない。
なのにレイとの仲を勘ぐられたりして。レイについては改めて自分からちゃんと否定しておく必要を感じたが、果たして次にアスランに逢えるのは一体いつになることやら。
一応まだ許婚者でいられたようだから、逢うのは今日が最後というわけでもなさそうだが。
つらつらと起きたことを順に辿っていたキラは、今更ながらアスランに対して腹が立ってきた。ただの八つ当たりだというのは百も承知だったけれど、アスランだって責められて然るべきだ。
よりにもよってカガリとツーショットで現れるなんて、キラが何も感じないとでも思っているのだろうか。三人が顔を合わせる場を作りたかったなら、彼女を呼べばいいだけのことだ。呼び出すのが失礼にあたるというのなら、迎えの車を出せば良かったではないか。
(そうだよ、こういうのを無神経っていうんだ!言ってやれば良かった!!)
そんな男にキラがレイと居た事実を誤解して、ましてや非難する資格なんて絶対にない。
「…何だよ、アスランのば~か」
「馬鹿とは聞き捨てならないな」
どうせ一人だからと声に出した呟きに、思ってもいない反論が返ってきて、ぎょっとして顔を上げた。
「え!?何で――!?」
体勢を崩してガタンと椅子が鳴る。
息が上手く出来ないほど、心臓が脈打ち始めた。
何しろ
腕組みをして立っていた声の主は、去ったはずのアスランだったからである。
◇◇◇◇
「何でもなにも、まだお茶の一杯も飲ませてもらってない」
貸切ったのは俺のはずなのに…などとブツブツ言いながら、アスランはキラのすぐ前の座にドカリと腰を下ろした。
ドアベルの音は店主ではなく、アスランが店に戻った音だったらしい。
「…帰ったんだと思った」
「カガリ嬢に大学へ戻ると言ったことなら、あんなものただの口実だぞ」
「それは…分かってたけど」
確かに期待はしたが、それがここに残るということにはならない。
「外でどっかに連絡してたみたいだし」
「ああ、別の車を呼んだんだが、寄越すのに時間がかかるらしい。この寒いのに外で待ってる理由もないだろう?」
「そう」
ならば車さえあれば、すぐに帰ってしまうつもりだったということだ。
落胆と同時に、少しならアスランといられるのだという歓びも湧いたりして、キラは複雑な気分を味わった。
「期待したか?」
「ばっ・馬鹿言って!」
即座に否定したものの、図星を突かれて一気に顔に熱が集中するのまでは止められなかった。ここで真っ赤になってしまっては、白状したも同然だ。その焦りが益々キラの平常心の壁を付き崩して、また焦った。
何が可笑しいのか、アスランはキラの変化を唇の端を上げて観察している。
多分、優位に立っているのはアスランの方。今まで他人と付き合ったことさえないキラでは、最初から太刀打ち出来る相手ではないのだ。
「ぼ・僕、仕事に戻るから!」
しかしこれはさっきも出したカードで、効力に余り期待はできない。案の定落ち着き払って揶揄かわれただけだった。
「ふーん。逃げるのか?」
「誰が!逃げてなんか!」
キラが反発することを分かっていて、敢えてアスランはその言葉を使った。キラを振り向かせたくて。
余裕の笑みは崩さずに、アスランは続けた。
「生憎だな。まだこの店は俺が貸切ったままだ。まぁそんなに仕事がしたいなら、俺に茶でも淹れて来てもらおうか」
「…いいけど、何飲むの?」
このままここで彼と顔を突き合わせているくらいなら、ウェイターをやった方がマシだ。助かったと内心で安堵して、キラは立ち上がった。
が、勿論、ただで逃がすアスランではない。
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