暴君




この辺で気持ちにセーブをかけておかないと、辛くなるのは自分だと本能が告げていた。だから敢えて可愛くない態度に出るしかなかったのだ。
それがカガリの目には未だキラが婚約を解消したがっていると映ったのだろう。


でも何の気紛れか、アスランは許婚者を変更しないと言った。ならばキラだって進んで譲りたくなどない。



「……僕は…」
「まぁ何にせよ、だ」
ようやく絞り出した言葉は、あっさりカガリによって攫われてしまった。
「私も申し出を引っ込めるわけにはいかない状況だからな。しかも逼迫してる」


ひょっとしたらキラの気持ちに気付いていて、わざとやっているのかと疑ってしまうタイミングだった。
キラの意見など初めから差し挟む余地はないと知らしめるために、故意に。

「というわけだ、アスラン」
カガリはもう興味を失ったとばかりにキラから目を外すと、唇を引き結んでいたアスランに宣戦布告のように告げた。
「お前も何を拘ってるか知らないが、アスハ相手にどれだけ抵抗出来るかやってみろ」
「!!」
アスランはストレートに感情を出してしまうような失態を曝したりはしなかった。だが周囲の空気が一瞬で怒りを帯び、キラも聞き苦しさに思わず眉を寄せた。
何を勘違いしたものか、アスランが素直にカガリを受け入れないのは、アスハ家に対する劣等感だと決め付けた上での発言としか思えない。


彼女に悪意はない。生まれた時からそういう環境で育ってきたのだ。酌量の余地はある。
しかし他人を思いやることをもう少し知っていれば、相手が一番言われたくないことくらい、分かるだろうに。



「結局、何の収穫もなかったってことだな」
呟いて、カガリは立ち上がった。
「こういう店も一度来てみたかったんだが、意外につまらないもんだったし。さ、帰るぞ。アスラン」

言葉に嘘はない。自由奔放で裏表のないのはカガリの美点だが、言っていいことと悪いこともある。


仮にもカガリはアスハ家の次期当主だ。連れ出したアスランが送らなければ失礼に当たるのも分かっていた。
それでもこのまま何事もなかったように、彼女を送っていく気にはどうしてもなれなかった。


「カガリ嬢。ウチの車に送らせますから、先に帰ってくれませんか?」
「ん?」
「実はこの後、俺はもう一度大学へ行かなければならないんです」
「なんだ、そうなのか?」
「申し訳ないが、俺はここで失礼します」
「慌ただしいんだな。ま、そういうことならしょうがないか…」



アスランとカガリが連れ立って店の外へ出ると、近場で待機していたらしい高級車が現われる。いつかキラがアパートまで送ってもらった、同じ車のようだった。

キラは店内に残って、窓越しに半ばぼんやりとそれを見ていた。やがてカガリだけを乗せて車が視界から去ると、アスランは携帯でどこかに連絡を取り始めた。どうやら本当にこの後大学へ戻ってしまう様子だ。


(なんだ…。ただの口実なのかと思った)
カガリの言い草にムッとしていたから、流石に彼女と帰宅する気が起きないのは分かった。しかも無意識とはいえカガリの言葉は、結構アスランに決定打を与えたのではないかと思う。
だから大学へ戻るなんて体のいい言い訳で、アスランはここに残るのではないかと期待した。

でも当ては外れたようだ。きっとアスランは代わりの車を呼んだのだろうから。



(カガリじゃないけど、何の収穫もなかったなぁ)

酷く疲労感を覚えてキラはテーブルに上半身を投げ出した。
ドアベルの音が耳に届く。きっと店主が貸し切りのプレートを外しに行った音だ。そろそろキラも立ち上がらなければならないのだが、極度の緊張がもたらした疲労のためか、すぐには気力が湧いて来そうになかった。




これから自分はどうなるのだろう。
カガリとアスランの結婚式を見ることになるか、ザラ家との姻戚を結ぶこと自体が破談になるのか。

仮にこのままキラがザラ家へ嫁ぐことになったとしても、もう以前のように割り切ることは難しいかもしれない。




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