暴君




だけどそれはアスランをよく知らなかった最初の頃のことだ。そう弁解したかったが、それではキラも結局はアスランの条件だけを見ていたと認めることになる。しかし幸いアスランに過去を突っ込むつもりはなかったようで、小さく息を吐くとあっさりと話題を変えてしまった。

「イザークは知ってるな?」
「?うん。え~と…あの銀髪の人だよね」
決して多くはないアスランとの交流の中で、キラが唯一知る“アスランの友人”だ。もう一人知っているが、そっちは“二番目発言”を面白そうに揶揄ってきたという悪い印象しかなかった。
「奴に女々しいと詰られた。いつまでも考えてないで、自分でハッキリさせたらどうかと。一理ある」
「え?きみも、悩んでたの?」
「そういうことだな」
抑えても抑えても、身の内から沸き上がる歓喜を否定するのは難しい。やはりカガリとの話が進まなかったのは、アスランが了承しなかった為だったのだ。


「…旗色が悪そうですね」
キラの表情に何を読み取ったのか、呟いてレイは椅子を鳴らした。
「どうやら現段階で俺の入る隙間はなさそうですから、早々に退散することにします」
「レ・レイ」
「でも先輩。俺の気が済むまでは告白を撤回するつもりもありませんから」
「貴様…」
キラに穏やかに微笑んだレイが、一転アスランには挑むような目を向ける。
「貴方も。先輩を選ぶと決めたなら、あんな顔はさせておかないことです。俺が諦めたわけじゃないのをお忘れなく」
「―――あんな顔…?」
「知らないんですか?ヤマト先輩がいつも独りで、寂しそうにしてること」
言葉は丁寧だが、挑発するような態度でとんでもないことを言い出したレイを、キラは慌てて遮った。
「レイ!余計なことはいいから!!」
咎める口調になってしまっても、レイは別段気にした様子もなく、小さく肩を竦めただけだった。
「重要なことだと思いますけどね。それでは」
洗練された動作で軽く頭を下げ身を翻したレイは、店主に支払いを済ませると、ドアベルの音を残して姿を消した。


口調はあんなだったが、多分レイはキラに加勢してくれたのだと思う。そうでなければ普段のキラの様子など、わざわざアスランに報せる必要はない。


鮮やかとしか言い様のない去り際だと認めざるを得なかった。



「おい、いつまで見てるんだ」

低く言われて、レイの去ったドアから慌てて視線を戻す。


アスランは明らかに不機嫌そうだった。常から余り感情の現れないポーカーフェイスである彼なのに、ほんのわずかだが眉間に皺を寄せている。単にキラがずっとレイを縋るように見ていたのが面白くなかっただけなのだが、時に飛び抜けて鈍いキラは、それがカガリをどう説得しようか考えているからだと受け取った。


何しろ問題はこれからだったから。




カガリはさっきからずっと口を挟むことなく、黙って成り行きを観察していた。彼女らしくない静かさに、却って何を言い出すのか予測が立たないのだ。
そのカガリが自分を見ているのに気付いて、キラは緊張に身体を固くした。


「…キラ。お前はどうなんだ」
案の定、質問はキラに向けられていて、動揺する。
「ど・どうって?」
「お前、アスランの許婚者でいるのが嫌だったんじゃないのか?」

すぐに答えられるほど、キラの内面は単純ではなかった。


突然思ってもみなかった婚約を言い渡されて愉快な人間がいたらお目にかかりたいものだが、アスランにとってのパトリックとは違う意味で、キラにとってもあの“偉大な父”の意見に逆らうなど論外なのだ。だから承諾はしたが本意ではなかったのは確か。
でもアスランに対する素直じゃない態度が、いつしか形を変え、ただ意地を張るだけの道具になってしまっていることは、キラ自身が一番解っていた。
尤もアスハの名を手に入れるという打算で婚約を申し入れてきたはずなのに、キラが許婚者であることを恥じるアスランに、素直になんかなれるわけがないのも真実ではある。

でも必要以上に反発して見せる本当の理由は、いつしか芽生えてしまったこの想いが、永遠に一方通行だと分かっているからだった。

男の自分から見てもアスランは別格で、周囲は放っておかないだろう。カガリのみならず、多くの女性たちと並べられるまでもなく、キラが見劣りするのは明らかだ。




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