暴君




「おい。聞いたぞ」

まるで申し合わせたかのように夜は同じようなメンバーが馴染みの店に集まる。何をするでもないのだが、皆暇を持て余しているような連中だ。そんな日常でのある日のことだった。


音楽は鳴っているが会話の邪魔になるほどではない。それでもイザークが声をひそめたのは、周囲に聞かせたくなかったからだろう。


「許婚者問題で揉めてるのか?」
有数の経済界に名だたる子息たちばかりだ。狭い業界で噂くらいは耳にしても何ら不思議ではない。ましてその中でもトップクラスを誇るザラ家の後継者であるアスランの相手ともなれば、注目を集めるのは当たり前のこと。そして一応決まったとは言ってもお披露目さえ行われなかった許婚者であるキラに、ザラ家が不満を持っていることは暗黙の了解事項だった。

カランと酒の入ったグラスの氷が鳴った。
「噂になってるか?」
「まだ噂というほどではないな。だが時間の問題だぞ」
「そっか」


少し離れた場所でディアッカが左右に女を侍らせて騒がしくしている。フェミニストのディアッカにはよく見られる光景だが、彼も馬鹿ではない。お調子者を気取っているから誤解を受けがちだが、危ないことや薬などには絶対に手を出さないし、まぁ信用も出来る良い奴だった。ただ時々言わなくていいことまで喋ってしまうのは、何事にも面白さが優先するためなのだ。
どうやらまだアスランの許婚者問題までは耳に入ってないようだから、敢えてイザークも声を落としたのだろう。知っていればいの一番に面白可笑しく囃し立てたはずだ。



「揉めてるというのか…」
「何だ。ハッキリせんな。カガリ嬢なら大歓迎じゃなかったのか?」
「………………」



少し前までなら間違いなくそうだった。ザラ家のポジションを考えても、アスハ家の正式な後継者とされるカガリ・ユラ・アスハと婚約するとなれば、これ以上のことはない。

アスランはイザークの言葉には答えずに、手にした酒を呷った。
(まだつまらないプライドが邪魔をするのか、俺は)
すんなりとカガリを受け入れられないのは、言うまでもなく自分が渋っているせいだ。だがそれを知られたくない。ディアッカのようにあからさまに面白がったりはしないだろうが、イザークとは微妙なライバル関係にある。弱みを見せてしまうようでバツが悪いのだ。

アスハ家も一度は“二番目”を差し出しておいて、中々強くは出られないのだろう。「娘が望んでいるのだか、いかがか」という話だけ持ってきているという中途半端な状態だった。
先にキラから話を聞いていたアスランは、先回りして勝手に返事をするなと父親にきつく言ってあったからまだ正式に許婚者を交代する話しまでは進んでいないが、それも時間の問題なのは確かだった。


昨夜もそれで父・パトリックと争ったばかりである。
『こんな名誉なことがあるか!さっさと返事をしないとまた向こうの気が変わったら、お前はどう責任を取るつもりだ!!』
怒り狂った父親の怒鳴り声が蘇り、アスランは眉間に皺を寄せた。
そんなこと言われなくても分かっている。
だがどうしても踏み切れないのは、キラの存在がアスランの中で大きなウエイトを占めてしまったからなのだ。

結婚相手に望むものなど家同士のメリット以外には存在しない。その考えは今も変わらないが、より良い相手が現われたからといって、さっさとキラとの婚約を解消してしまうには少なからず抵抗があった。


(キラか…)
素直じゃなければ可愛くもない。逢えば喧嘩ばかりの相手だ。相性だって良くはないと思う。
しかしどれだけ踏み躙られても決して折れることはないのだろう、あの信念を貫く強さ。象徴するかのような澄み切った紫水晶の瞳。

それを得難いと感じ、手放したくないと思う心もまたアスランの真実だったのだ。




「惚れたか」
ズバリと切り込まれて息を飲んだ。途端酒が逆流し、酷くむせ返った。




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