異変




それでも。
キラは話をするのにこの場所を選んだ。

ただの気まぐれだとは思えないし、思いたくない自分がいた。




「何で黙ってるの?言い訳とかしないわけ?」
キラの最も嫌がる言葉で蔑んでおいて、謝ろうともしないアスランに再び頭に血が上り語気が荒くなった。

期待していたわけではない。寧ろカガリを手に入れられるなら、アスランにとってこんな喜ばしいことはないだろうから。
断じて期待などではない。


だけど本当は解っている。この場所を選んでしまったのは、一縷の望みに縋りたかったからだ。
認められないだけで。


二人で入ったプラネタリウム。
距離が縮まるきっかけをくれたこの場所ならば、奇跡を起こしてくれるかもしれないと思ったからだ。
カガリの言ったことを正確に伝える勇気をくれ、どんな不利な条件を覆してもアスランがキラを望んでくれるのではないか。

この場所なら、その力を与えてくれるような気がして。




(有り得ない、か)

ならばさっさと解放されたい。

馴れ親しんだ強気の虚像だとはいえ、いつ壊れてしまうか分からない。



キラは演技と多少の本心を込めた息を吐いた。
「…もういいよ、僕のことは。返事だけ聞かせて」
「返事?」
「だから!カガリの許婚者として、きみの名を出してもいいかどうかだよ!」
「ああ…それか」


この反応の悪さは何だろう。
一体この男は聡いのか鈍いのか。
そういえば以前も「プラネタリウムに風呂はない」とか意味不明なことを言っていた。

(ひょっとして、かなり天然なのかな)



普段から周囲に“天然だ”と評されるキラに言われては、アスランも立つ瀬がないだろう。尤も知りたくてもキラにはもう、その機会すら巡って来ないのかもしれないが。


そうだ、惚けている時ではない。
「それかって、初めっからそれ以外ないでしょ!?」
突っ掛かる“演技”しか手段のないキラに、何故かアスランは片眉を上げた気障ったらしい表情を見せた。

またそれがよく似合うからムカつくのだ。
「ここですぐに返事するのは難しいな。一応父上の意向も聞いてみないといけないだろう」
そう言われてしまえば、キラにそれ以上口を出す権利はない。元々戦略的な婚約話である。

それでもキラが聞きたかったのは、そんな言葉ではなかった。



「…―――きみは?」
「ん?」


「いくら利害が一致するための婚約だっていっても、本人たちの気持ちだって大事なはずでしょ?きみはカガリをどう思ってるの?」


馬鹿な質問だ。答えなど分かり切っているのに。
それともはっきりと言われたいのだろうか。大喜びするアスランを見て望みを断ってもらわないと、諦められないところまで来てしまっていた?


(――――いやだ。いつの間に?)




「お前の姉は好みのタイプじゃない」
すこし高い位置から降ってきた声は、やはりどこかズレていて、キラは丸くした目をすぐさま眇めた。
「は?今更なに言ってんの。女の子たちと散々遊んできた人が」
「そうだな、不自由はしたことない」
「ほら!」
「だからこそ女の趣味には煩いんだ。俺の意見を差し挟む余地があるなら、間違ってもお前の姉は選ばない」

「………へえ…そう…」



一体なんだろう。この、身の内に広がる温かさは。
だからってキラを選ぶと言われたわけでもないというのに。




今の自分の言葉をキラがどう受け取ったのか知りたくて、アスランはキラの気持ちを探ろうとしたが、流石にそこまでは難しそうだった。
だが今日の彼は、ただアスランに突っ掛かっていただけのキラではない。
カガリの言葉を伝えるキラは、いかにも言いにくそうだった。いつもは真っ直ぐ相手を見て話すキラが、アスランを通り越して縋るように見たものは、あのプラネタリウムの白い建物。


急ぐことは危険だと警鐘が鳴る。
だがきっとキラの本心は、アスランにとっても不快なものではないはずだ。




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