異変
・
「…それで、俺にどうしろと?」
問われても中々先を続けることが出来なくて、無意識に拳を握り締めた。
めっきり秋めいてきたやや冷たい風に、指先が酷く冷えていることに気付いたが、あのイブの夜、温めてくれたココアの缶はもうない。
失ってしまったから。
「…―――カガリがね…」
キラは意識してアスランの顔を見ながら、カガリの言葉を伝えた。彼がどんな表情に変わっていくのか、ひとつも見逃したりしないように。
全てを話し終えた時、彼はどんな顔を見せるのだろう。
◇◇◇◇
「……………………」
キラの話しをアスランはずっと無言で聞いていた。といっても大学の正門前でするには相応しくない話題なだけで、元々そう込み入った話しではないのだ。
ただカガリがアスランを望んでいると。
それだけのことだ。
(…何か、言ってよ)
キラにとっては青天の霹靂だったカガリの主張も、アスランにとっては予想の範疇だったのか、目立った変化はなかった。
「ひょっとして、カガリと何かあったの?」
“僕の知らないところで”とは言えなかった。それでは余りに惨め過ぎる。
「どうしてそう思うんだ?」
「だって…急にきみをだなんて。不自然じゃない。それにきみも驚いたようじゃなかったし」
その時、強い風が吹いた。
キラの長めの前髪が風に揺れて、細い指先が掻き上げる。そしてその後、指先が辿った場所にアスランの鼓動は跳ね上がった。
カガリ・ユラ・アスハの発言の真意は予測出来ないことではない。数回しか会ったことはなくてもあの奔放な女が、ユウナ・ロマ・セイランをあてがわれて黙っていうことをきく方が異常だろう。だからキラの話を聞いても驚かなかったのだ。
そこで何故自分の名が挙がるのかは、アスランにも分からなかったが。
カガリにどんな思惑があるのかなんてどうでもいいし、興味もなかった。
知りたいのは寧ろ―――
「お前はどう思ってるんだ?」
「僕?」
「お前の姉の主張は分かった。だが俺はまだお前がどう思っているのかを聞いてない」
ほんの一瞬。
キラの視線がアスランを逸れて、横へと移動した。彼の視線の先に何があるのかアスランは知っていて、その僅かな動きだけで、キラがこの場所を選んだ答えが漠然と見えた気がした。
縋ったものはあの白い建物。
二人で行ったプラネタリウムだ。
「僕の気持ちなんて介入する余地もないと思うけど、よかったんじゃない?」
残酷だ、とキラは思った。
おめでとうとでも言わせたいのか。
酷い仕打ちを受けているのはキラの方なのに、それを聞いたアスランは何故かムッと唇を引き結び、続いて口角を釣り上げた。
「そうだな。これでお前も晴れてフリーとなれるんだしな」
露悪的な口調にカッとした。
「僕のことじゃない!きみは“二番目”をあてがわれて不満だったんでしょ!?だからよかったって言ったんだ!僕と違ってカガリなら、どこへ出しても恥ずかしくない許婚者だもんね!!」
「…―――二番目…?って、お前、それを誰から――」
思わず言ってしまってしまったと眉を歪めたが、もう遅い。
「とぼけようったって駄目だよ!きみの友人からさっきちゃんと聞いたんだから!!」
これでさっきキラと会った時に感じた違和感の正体がアスランにも分かった。
「イザークと会ったのか?あいつがそう――」
「言ったのは一緒にいた人。確かディアッカって呼ばれてた!」
不運な偶然に、アスランは小さく舌打ちした。悪友どもの中でもディアッカは最も軽く、良くも悪くも正直な男だった。どうせ初めて見るアスランの許婚者を面白がってひやかしたつもりだったのだろう。いかにもやりそうなことだ。
しかし彼ばかりを責められはしない。
それは確かにアスランも思った言葉だったからだ。
「それについては事実だから、きみを怒るのはお門違いだよね」
だけど今なら決してそんなことは口にしない。
精一杯虚勢を張って生きているキラのプライドを、ズタズタに引き裂く言葉だと分かるから。
出来るならキラに聞かせたくはなかった。影でそんなことを言われていたのだと聞かされた直後では、全てを拒絶したくなって当然だろう。
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「…それで、俺にどうしろと?」
問われても中々先を続けることが出来なくて、無意識に拳を握り締めた。
めっきり秋めいてきたやや冷たい風に、指先が酷く冷えていることに気付いたが、あのイブの夜、温めてくれたココアの缶はもうない。
失ってしまったから。
「…―――カガリがね…」
キラは意識してアスランの顔を見ながら、カガリの言葉を伝えた。彼がどんな表情に変わっていくのか、ひとつも見逃したりしないように。
全てを話し終えた時、彼はどんな顔を見せるのだろう。
◇◇◇◇
「……………………」
キラの話しをアスランはずっと無言で聞いていた。といっても大学の正門前でするには相応しくない話題なだけで、元々そう込み入った話しではないのだ。
ただカガリがアスランを望んでいると。
それだけのことだ。
(…何か、言ってよ)
キラにとっては青天の霹靂だったカガリの主張も、アスランにとっては予想の範疇だったのか、目立った変化はなかった。
「ひょっとして、カガリと何かあったの?」
“僕の知らないところで”とは言えなかった。それでは余りに惨め過ぎる。
「どうしてそう思うんだ?」
「だって…急にきみをだなんて。不自然じゃない。それにきみも驚いたようじゃなかったし」
その時、強い風が吹いた。
キラの長めの前髪が風に揺れて、細い指先が掻き上げる。そしてその後、指先が辿った場所にアスランの鼓動は跳ね上がった。
カガリ・ユラ・アスハの発言の真意は予測出来ないことではない。数回しか会ったことはなくてもあの奔放な女が、ユウナ・ロマ・セイランをあてがわれて黙っていうことをきく方が異常だろう。だからキラの話を聞いても驚かなかったのだ。
そこで何故自分の名が挙がるのかは、アスランにも分からなかったが。
カガリにどんな思惑があるのかなんてどうでもいいし、興味もなかった。
知りたいのは寧ろ―――
「お前はどう思ってるんだ?」
「僕?」
「お前の姉の主張は分かった。だが俺はまだお前がどう思っているのかを聞いてない」
ほんの一瞬。
キラの視線がアスランを逸れて、横へと移動した。彼の視線の先に何があるのかアスランは知っていて、その僅かな動きだけで、キラがこの場所を選んだ答えが漠然と見えた気がした。
縋ったものはあの白い建物。
二人で行ったプラネタリウムだ。
「僕の気持ちなんて介入する余地もないと思うけど、よかったんじゃない?」
残酷だ、とキラは思った。
おめでとうとでも言わせたいのか。
酷い仕打ちを受けているのはキラの方なのに、それを聞いたアスランは何故かムッと唇を引き結び、続いて口角を釣り上げた。
「そうだな。これでお前も晴れてフリーとなれるんだしな」
露悪的な口調にカッとした。
「僕のことじゃない!きみは“二番目”をあてがわれて不満だったんでしょ!?だからよかったって言ったんだ!僕と違ってカガリなら、どこへ出しても恥ずかしくない許婚者だもんね!!」
「…―――二番目…?って、お前、それを誰から――」
思わず言ってしまってしまったと眉を歪めたが、もう遅い。
「とぼけようったって駄目だよ!きみの友人からさっきちゃんと聞いたんだから!!」
これでさっきキラと会った時に感じた違和感の正体がアスランにも分かった。
「イザークと会ったのか?あいつがそう――」
「言ったのは一緒にいた人。確かディアッカって呼ばれてた!」
不運な偶然に、アスランは小さく舌打ちした。悪友どもの中でもディアッカは最も軽く、良くも悪くも正直な男だった。どうせ初めて見るアスランの許婚者を面白がってひやかしたつもりだったのだろう。いかにもやりそうなことだ。
しかし彼ばかりを責められはしない。
それは確かにアスランも思った言葉だったからだ。
「それについては事実だから、きみを怒るのはお門違いだよね」
だけど今なら決してそんなことは口にしない。
精一杯虚勢を張って生きているキラのプライドを、ズタズタに引き裂く言葉だと分かるから。
出来るならキラに聞かせたくはなかった。影でそんなことを言われていたのだと聞かされた直後では、全てを拒絶したくなって当然だろう。
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