異変
・
そこまで考えて、ふと気付いた。
ということは、欲しかったのだろうか。
自分は、あの綺麗な人が。
そっと人差し指で唇をなぞる。
あの日、ストーカーから助けてくれた日。腹いせのようにキスされた瞬間から、キラに出来た新しい癖。
それがあくまでも可愛くないキラへの嫌がらせの域を出ないものであっても。
あれがキスだったことは真実だ。
こんな癖、さっさと矯正しようという気持ちはあるが、癖というのは無意識に出るものだからどうしようもない。
今もそんな自分に気付いて舌打ちをするものの、キラはアスランの唇が触れた感触を思い出そうとするかのように、なぞる指を止められなかった。
キラの中で何かが変わろうとしている。その答えが掴めそうで、掴みたくない。
芽生えた思いの行き着く先くらいキラにだって想像くらい出来るが、それを認めるのは嫌だった。
アスランの全てを欲しがったところで、それは永遠に叶えられない願いだから。
だから願わない。この辺で引き返しておかないと、哀しい思いをするのは自分だ。
思考を断ち切るために、早速取り出した携帯からザラ家のメモリーを探すキラだった。
◇◇◇◇
翌日、キラは電車を乗り継いで、アスランの通う大学の前へ来ていた。
結局電話をしても直接彼と話は出来なかったが、ザラ家の者と名乗る人物から昼に待っているよう伝言を受けたからだ。
何の気なく言われた通りに来てしまったキラは、到着早々後悔する羽目に陥っていた。
アスランの在席するこの大学はエスカレーター式で金持ちばかりの学生が所属している。知ってはいたものの、キラだって大学に通っているし、学校なんてどれも似たようなものだろうとタカを括っていた。
しかし彼らは醸し出す雰囲気からして違っていて、自分が酷く場違いな感じがした。
いつもは気にもしない、着ている服なんかがちょっと恥ずかしくなる。みすぼらしいわけではないが、彼らと違って決して高級品とは言えない物だからだった。
(それこそ女の子じゃあるまいし。服なんか何でもいいでしょ?)
とはいえ身の置き所に困って、どこかに場所を移そうかと考えていると。
「お前、サンタクロースじゃないか?」
不意に後方から意味不明の声をかけられた。振り返ると周囲の学生たちより一層華やかなグループの内の一人が、キラを見ている。
(あの人…)
キラにも彼の銀髪に見覚えがあった。この大学に知り合いなどいないはずだけどと首をかしげている間に、その男が大股にキラの方へとやって来た。
「やっぱりそうか。何だ?アスランを待ってるのか?」
彼の口からアスランの名前が出たことで、キラもようやく思い出した。
「あ、貴方は確かケーキを買ってくれた――」
イブの夜。ケーキ売りのバイトをしていたキラ。諦めかけていた最後のクリスマスケーキを買ってくれた相手に間違いなかった。
あの時確かキラはサンタクロースの格好をさせられていた。だから“サンタクロース”と呼ばれたのだろう。
「あの時は本当に有難うございました!」
深々と頭を下げたキラに、彼は面食らった表情になった。
「大袈裟だな、たかだかケーキだろ」
「そうですけど…」
“全部売れたらいいことがある”
なんてあの時のキラは、意味のない願掛けをしていたのだ。なのに頑張っても売れなくて。つまらない自分ルールなんか作らなければ良かったと落胆していた矢先だったから、買ってくれたのが本当に嬉しかったのだ。
「でも嬉しかったから。お礼が言えて良かった」
そう言って笑ったキラに、男は何故か吃驚したように目を見開いて絶句した。
「あの…?」
どうかしたかと聞こうとしたキラの言葉は、無遠慮な声によって遮られた。
「イザーク!随分可愛いのと話してるじゃないか!紹介しろよ」
声の主は件の華やかなグループの一人のものだった。
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そこまで考えて、ふと気付いた。
ということは、欲しかったのだろうか。
自分は、あの綺麗な人が。
そっと人差し指で唇をなぞる。
あの日、ストーカーから助けてくれた日。腹いせのようにキスされた瞬間から、キラに出来た新しい癖。
それがあくまでも可愛くないキラへの嫌がらせの域を出ないものであっても。
あれがキスだったことは真実だ。
こんな癖、さっさと矯正しようという気持ちはあるが、癖というのは無意識に出るものだからどうしようもない。
今もそんな自分に気付いて舌打ちをするものの、キラはアスランの唇が触れた感触を思い出そうとするかのように、なぞる指を止められなかった。
キラの中で何かが変わろうとしている。その答えが掴めそうで、掴みたくない。
芽生えた思いの行き着く先くらいキラにだって想像くらい出来るが、それを認めるのは嫌だった。
アスランの全てを欲しがったところで、それは永遠に叶えられない願いだから。
だから願わない。この辺で引き返しておかないと、哀しい思いをするのは自分だ。
思考を断ち切るために、早速取り出した携帯からザラ家のメモリーを探すキラだった。
◇◇◇◇
翌日、キラは電車を乗り継いで、アスランの通う大学の前へ来ていた。
結局電話をしても直接彼と話は出来なかったが、ザラ家の者と名乗る人物から昼に待っているよう伝言を受けたからだ。
何の気なく言われた通りに来てしまったキラは、到着早々後悔する羽目に陥っていた。
アスランの在席するこの大学はエスカレーター式で金持ちばかりの学生が所属している。知ってはいたものの、キラだって大学に通っているし、学校なんてどれも似たようなものだろうとタカを括っていた。
しかし彼らは醸し出す雰囲気からして違っていて、自分が酷く場違いな感じがした。
いつもは気にもしない、着ている服なんかがちょっと恥ずかしくなる。みすぼらしいわけではないが、彼らと違って決して高級品とは言えない物だからだった。
(それこそ女の子じゃあるまいし。服なんか何でもいいでしょ?)
とはいえ身の置き所に困って、どこかに場所を移そうかと考えていると。
「お前、サンタクロースじゃないか?」
不意に後方から意味不明の声をかけられた。振り返ると周囲の学生たちより一層華やかなグループの内の一人が、キラを見ている。
(あの人…)
キラにも彼の銀髪に見覚えがあった。この大学に知り合いなどいないはずだけどと首をかしげている間に、その男が大股にキラの方へとやって来た。
「やっぱりそうか。何だ?アスランを待ってるのか?」
彼の口からアスランの名前が出たことで、キラもようやく思い出した。
「あ、貴方は確かケーキを買ってくれた――」
イブの夜。ケーキ売りのバイトをしていたキラ。諦めかけていた最後のクリスマスケーキを買ってくれた相手に間違いなかった。
あの時確かキラはサンタクロースの格好をさせられていた。だから“サンタクロース”と呼ばれたのだろう。
「あの時は本当に有難うございました!」
深々と頭を下げたキラに、彼は面食らった表情になった。
「大袈裟だな、たかだかケーキだろ」
「そうですけど…」
“全部売れたらいいことがある”
なんてあの時のキラは、意味のない願掛けをしていたのだ。なのに頑張っても売れなくて。つまらない自分ルールなんか作らなければ良かったと落胆していた矢先だったから、買ってくれたのが本当に嬉しかったのだ。
「でも嬉しかったから。お礼が言えて良かった」
そう言って笑ったキラに、男は何故か吃驚したように目を見開いて絶句した。
「あの…?」
どうかしたかと聞こうとしたキラの言葉は、無遠慮な声によって遮られた。
「イザーク!随分可愛いのと話してるじゃないか!紹介しろよ」
声の主は件の華やかなグループの一人のものだった。
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