異変




「当然抵抗したんでしょ?で?ウズミさまは何て?」

キラの父親でもある人物だが、雲の上すぎてどうしても“父”と呼ぶのには抵抗がある。だが彼は話の分からないタイプではないはずだ。

「納得のいく男を連れてくれば、解消しても構わないそうだ」
「…そう」
キラもアスランとの婚約に抵抗すれば良かったのだろうか。と、ふとそんな考えが頭を過るが、出来もしない仮定をするのは無駄なことだとさっさと排除した。儀礼的だろうと事務的だろうと、今大学なんかに通えているのはアスハ家のお陰であることには違いない。そのアスハ家に有利に働く婚約だと分かっていて、キラに断る選択肢など最初からなかったのだから。
例え道具のように思われているとしても。


気分が落ち込みそうになるのを奮い立たせて、キラは一応聞いてみることにした。
「いるの?そういう人」
いればわざわざキラを呼び付ける理由はないのだが、思うまま行動出来るカガリへ多少のやっかみも手伝っての質問だった。
だがカガリが予想に反して、らしくなく頬を染めたのには少なからず驚いた。まさかそう来るとは想像してなかった。
「へえ。いるんだ、そういう人」

ならば話は別だ。
縁の薄い姉といえど、好きな人がいるのに、気に入らない相手と結婚させられるなんて、流石に可哀想だと思う。やや性格に傍若無人なところがあるが、カガリは日陰の身のキラを蔑視したりはしない。
だから苦手なだけであって、嫌いなわけではないから。


「僕で力になれる?」
だが半端な同情心を起こしてしまったことを、直後、キラは後悔することになる。
「心当たりがないわけじゃないんだが…。てか、キラにしか頼めないことなんだ」
「うん?」




「お前の許婚者。アスラン・ザラならいいかもなって思ったんだ」





◇◇◇◇


その後、自分が何て言ったかなんて記憶にない。ただアスランに話しをしてみると答えたのだけは覚えていた。
それを聞いたカガリが嬉しそうに表情を輝かせたのも。




(えーと…。まず何をすればいいんだっけ)


アスハ邸からの帰り道、ぼんやりと考えた。
(そうだ。取り敢えずはアスランに連絡を取らないと)
だけど酷く気が進まないのは何故だろう。


もしも、もしもだ。カガリとアスランがうまく行けば、自分は解放されることになる。喜ばしいことではないか。
仮にも次期当主のカガリだから、家柄だ何だと他にも問題があるのかもしれないが、そこはキラには分からないことだし、関係ない。


ではアスランはどうだろうか。
少なくともザラ家が求めているのは、上流階級との縁戚関係というパイプ。それだけだからキラでもしぶしぶ了承してくれただけ。次期当主のカガリとは勝負にもならないだろう。
詳しく聞いたわけではないが、ウズミがキラにこの話を振ったのは、最初はカガリが嫌がったからに他ならず、そこがクリア出来るなら、両家にとってこれ以上の良縁はない。


(僕だってアスランと婚約なんて冗談じゃないって思ってたんだから、こんな都合のいいことないじゃないか)


なのにこんなに気持ちが沈むのは、やはり多少なりと好意を持っているから?

それともただ悔しいだけなのだろうか。
選ばれるのはいつもカガリで、自分ではないことが。




(…アスランかぁ)

綺麗な人。
女癖やら性格やら気に入らないところはあれど、世の中には本当にこんな綺麗な人間がいるんだなと驚いたほどた。夜の闇から生まれたような艶やかな宵闇色の髪。スラリと伸びた手足。キラより高い身長。

そして何より、あのエメラルドの瞳。
真昼でも負けない強い光の星を嵌め込んだみたいな。



欲しいと願ったのがいけなかったのだろうか。
欲しがるいものが、手に入ったことなど一度もないというのに。




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