異変




キラは所謂上流階級などというものに興味はない。というかこの国が民主主義を唱えてもう何十年と経つことは歴史の授業で習ったくらいだから、そんな“元・貴族”的な人々がいることすら知らなかった。
なのに否がおうにもその存在を知ることとなったのは、ここ数年のこと。しかも自分はどうやら半分とはいえその高貴な血をひいていて、寄りにもよって未だ国政に大きな発言力を持つ人が父親だなんて。

その事実を受け止めるのに精一杯の力を使い果たして今に至るのだから、興味がないというよりも積極的に知ろうとしないといった方が正しかった。


だから早々にあてがわれた“許婚者”も、体のいい厄介払いくらいにしか思ってなかった。いくら飾ってみたところで自分は“愛人”の子供でしかない。アスハ家は特別キラの存在を隠そうとはしない代わりに、親らしい心遣いはいかにも儀礼的だった。キラにしたって最初から何かを望んでいたわけではない。残念ながら母を亡くした時は未成年だったから、面倒をみてくれただけで御の字である。

“愛人”の子供だから、そういう扱いを受けてもしょうがない。


そう諦めていたのだが、どうやらそれは間違っていたようで。




◇◇◇◇


「…婚約?」
突然異母姉に当たるカガリに屋敷へ呼び付けられたキラは、断る理由もないから本宅へとやって来ていた。というか、最初から拒否権なんかないのだろうが。
滅多にない姉直々の呼び出しに、一体何事だろうと来てみれば、この度正式に婚約の運びとなったということであった。

「はぁ…それはおめでとうございます」
てっきり“愛人の子供”だからだと決めてかかっていたら、そうではなかったらしい。高貴な家に生まれた子息や子女は子々孫々までその血を受け継ぐために、生まれながらにして結婚相手が決められるということだった。しかしその婚約に然程の拘束力はなく、キラが知らなかったのも無理はなかった。





「何がめでたいもんか!」
本宅の客間へ通されるなりカガリの正式な婚約の事実を初めて聞かされたキラにしてみれば、至極当然の台詞だったはずだが、言われたカガリは腹立たしげにテーブルを叩いて吐き捨てた。
「お前は私の相手が誰だか知ってるのか!?」
婚約さえ今初めて聞いたキラが知るわけがないが、カガリがこういう人間であることは充分分かっているから、ただ無難に肩を竦めて見せるだけに留めておく。
「セイラン家のユウナだぞ!」
だがそんなリアクションも気に入らなかったのか、カガリの口調は相変わらず厳しかった。
「カガリ…」
今では多少勉強したこともあり、セイラン家の存在くらいは知っているキラだが、それでも現当主の名前程度のもので、その御曹司のことまでは明らかに管轄外なのだ。
「そう言われても…僕には分からないよ」
「なに!?ユウナを知らないのか!?」
(てか、今まで僕がそういった場所に出たことありますか?)
と言いたいのはヤマヤマだったが、招待されても断るキラの方にも非はあるので、口にはしない。
「つまり、カガリ的に歓迎出来ない相手ってことなんだね。そのユウナって人は」
「あんな奴、ただの馬鹿だ!」
何とか会話を成立させようにも、これでは余りに難解過ぎると頭を抱えたくなるが、なんとか持ち堪えた。
「馬鹿って…。でも何かしら利点があるから、話が進んだんでしょ?」
「……セイラン家はウチに次ぐ名門だからな」
「じゃあ」
「だがそれを自分の手柄のように鼻に掛けるような奴なんだ!しかもそれに釣られる女どもがいるもんだから、女癖だって最悪だ!キラはそんな奴と私が婚約なんてことになって、可哀想だとは思わないのか!?」
正直どうでも良かったが、それなら自分はどうなんだと言いたくもなる。カガリだってキラがアスランと婚約する時、助けてくれようともしなかったのに。


まぁアスランは自分の家のことを自慢したりする人間ではなかったが。




1/9ページ
スキ