混乱




一週間ほど前に終わったそのバイトに通っていた一ヶ月間、キラは否定しつつも不快な気分に耐えてきた。サラリーマンの帰宅ラッシュにかかるため、いつも混雑していたし、毎回ではなかったから気のせいだと思おうと努力したのだ。
最後の方はバイトの終る日を指折り数えて我慢していた感覚が甦る。


「思い出してくれたかい?」
明らかに顔色の変わったキラに、男は優しく笑いかけた。
「そう、俺だよ。いつもきみを楽しませてあげただろう?」

男の手の感触まで思い出して硬直し、小刻みに震え始めるキラを、助けてやらなければと確かにアスランは思った。
だがそれは今の男の台詞に、一気に頭から消し飛んだ。

怒りに目が眩むほど、何故かカッとした。



「アスラン様!」
いつの間にか屈強な体躯を黒いスーツに包んだ男たちが、すぐ傍を取り囲んでいた。見覚えのある姿に、僅かに頷いて後を任せると、乱暴にキラの腕を掴む。
「痛っ」
「行くぞ!」

反論も抗議も許さない強引さで、今度こそキラはアスランの車に乗せられてしまったのだった。




◇◇◇◇


「出せ」
短いアスランの命令に、どこへとも聞かずに運転手は静かに車を発進させた。
「ちょっと待ってよ!あの人たちはなに!?」
「ボディーガードだ」
「ボディーガード…?」
雄武返しには「そんなものまで付いているのか」という呆れた色が含まれていたが、子供の頃ならともかく自分で自分の身を護れるくらいになった今では、そういつも連れているわけではない。やむなくガードを連れる時も、余程のことがない限り出てこないよう命じてあった。

今回は事態を察した運転手の判断で、彼らは呼ばれたに違いない。




12/18ページ
スキ