特別




「…そっか。覚えてないのか」
「―――え?」
「いや。何でもない」




その後、アスランは机を店内へ運ぶところまで手伝ってくれたのだが、キラがケーキ屋の店主と話している間に姿が消えてしまった。店の前へ出て辺りを見回してみても見つからない。どうやら声もかけずに、帰ってしまったようだった。



「なんだよ…。お礼、したかったのにな」
ケーキが全部売れたことを喜んだ店主が、バイト料をはずんでくれたから、今夜は懐もリッチだ。いつぞや誘ってくれたような高級ホテルでのディナーなんかは到底不可能ではあったが。



諦めて歩き出したキラの歩調に合わせ、鞄につけたキーホルダーの鈴が鳴る。
レイが人づてにくれたクリスマスプレゼントだった。キラが遠慮すると思って、高価なものは避けてくれたのだろう。
気持ちは有難い。

だけど。




寒くて凍えそうなこんな夜には、暖めてくれるものが何よりのプレゼント。
ポケットでまだほんのりとぬくみを残す、アスランが買ってくれた、このココアのような。




お金ではない。値段ではない。

キラが欲しいのは、いつだってお金では買えない、温もりだから。



(何が僕の“特別”かなんて、僕だけが知ってればいいんだから)




多分アスランにしてみれば、深い意味などない行動なのだろう。寒そうにしていた“知人”がいたから、手近なものを買って渡しただけ。


(素敵なクリスマスプレゼント、貰っちゃった)

でも今日はクリスマスイブ。キラが勝手に“クリスマスプレゼント”だと思っても、咎めるものなどいない。

しかも先日の誤解も解けたというオマケつき。


(頑張ってケーキ売って、良かった)




帰路についたキラの胸は、まだ僅かに温もりを残すココアの缶よりも、少しだけ暖かかった。





20100116
17/17ページ
スキ