特別




◇◇◇◇


ケーキ売りのバイトをするのは今年が初めてではない。
「4人家族でしたら、この6号なんかが妥当だと思いますよ?」
「じゃあそれを。生クリームのやつで」
「はい。有難うございます」
選んだケーキを手早く持ち手のついた袋に入れる。その短い間、中年の客は照れたように言い訳した。
「いや~。ケーキなんて普段買わないから。相談にのって貰えて助かりました」
「皆さんそう仰います」
「まぁいつも余り顧みないから、せめてクリスマスくらいはね」
「喜ばれますよ、きっと」
お金を受け取って手渡すと、男は幸せそうな笑顔を残して立ち去った。

駅前にあるこのケーキ屋は特に同じようなビジネスマンで、この日ばかりは大賑わいになる。温かい家庭がどんなものか知りもしないキラが、その人たちの手助けをするなんて皮肉なものだ。

(う~!寒っ)
勿論12月の寒さは容赦ない。屋外で売るのは知っていたから、有無をいわせず着せられたサンタ服の下はきっちり着こんできてはいるが、手はお金を貰う細かい作業のために剥き出しだ。冷え切った指は真っ赤で痛いくらいだった。



(マッチ売りの少女じゃないんだから…)
指に息を吹き掛けながら、キラは道行く人を眺めた。

夕方には飛ぶように売れたケーキだが、夕食の時間帯を過ぎてしまえば客足は極端に遠退く。暇になればどうしても周りが見えて来てしまう。


本当は羨ましい。母は一人でキラを育ててくれたようなものだったから、クリスマスといえど家に居てくれることは余りなかった。今ならその大変さも理解出来るが、当時はかなり寂しい思いをしたものだ。

何故この手は幸せを掴めないのだろうか。


真っ赤になった指先を見つめてキラは自嘲した。
(こんなにかじかんでちゃ、掴めるものも掴めないよね)

残ったケーキはあと三つ。
キラはなんとなくそれに意味のない願掛けをした。


もしこれが全部売れたら、自分にも何かいいことがある、と。



そうして気分を奮い立たせて、キラは周囲の人たちに向かって声を張り上げたのだった。
「クリスマスケーキはいかがですか~!」




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