一番目




◇◇◇◇


数時間後、荘厳なホテルの前に華奢な少年の姿が現れた。いかにも落ち着いた雰囲気に似付かわしくなく、余程焦って来たのか、少年は肩で息をしながら顔にかかる色素の薄い髪を、鬱陶しげに掻き上げる。
長めの前髪から覗いた綺麗なアメジストの瞳の持ち主は、勿論キラであった。



それは不運な偶然と言ってもよいものだった。

キラの携帯はウズミに与えられたもので、番号を知るのもアスハ家の人間だけ。滅多に使われることはない。だからうっかり充電が切れてしまっていたのだ。
それに気付いたのは大学の研究室を出てから。優秀なキラは時々教授の仕事に付き合わされる。今日はバイトもなかったために、随分遅くなるまで手伝ったのだ。

慌てて充電した携帯にはウズミの秘書からメッセージが入っていて、それを聞いて取り敢えずここまで来たという次第であった。




秘書の告げた時刻から三時間近く過ぎている。もう待っているとも思えなかったが、ここまで来たのだから確かめてから帰ろうとして、キラはハタと足を止めた。
ようやく自分が普段着で来てしまったことに気付いたのだ。

国内では並ぶものはない最上級のホテルである。果たしてパーカーにジーパンというラフ過ぎるこの服装でも中へ入れてもらえるだろうか。



(僕って…ほんと馬鹿)


あのアスランが三時間も待っているはずがない。とっくに帰ったか、そうでなければ誰かと楽しくやっているだろう。そんなトコロへのこのこ顔を出したって惨めなだけだ。そもそもこの誘いにしたって父親に言われてのものに違いない。

分かっていても帰ることに躊躇ってしまうのは可能性を捨て切れないから。
誰に仕組まれたものであっても、誰と一緒でも、アスランが待ってくれてさえいたら、少なくとも先日の言い訳くらいはさせてもらえる。


あの時は言えなかった真実を聞いてもらえるチャンスかもしれないのだ。




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