誤解




「あのねぇきみさ…」
「確かに貴方は“ただの憧れの先輩”でした。…―――今さっきまでは」
「幻滅したならお気の毒だったね。でも僕がきみの作り上げた勝手な偶像に合わせてやる義理はないでしょ」
「幻滅ですって?」

喉の奥で笑う気配。
顔の綺麗なレイにはそういう笑い方までよく似合っていた。


あの、自分の許婚者のように。



目前のレイに“あの男”の怜悧な美貌が重なりそうになって、キラは慌てて視線を反らせた。
途端、視界がその動き以上にグラリと歪んだ気がした。
(……あれ?)


「幻滅なんかしてませんよ。寧ろその逆です」
だが頭を掠めた疑問を追究する間もなく、レイがまた意味深な台詞を口にする。
「逆?」
「笑っているだけの人形なんかに興味はない。尻尾を振って擦り寄って来るなんてもっての他だ。俺には例え手足をもがれても、まだ抵抗しようとするくらいの鼻柱の強いのがいいんですよ。貴方みたいなね」
口角を上げてこともなげに告げるレイを、半ば茫然と見ているしかないキラ。
「そんな相手を力で捻じ伏せた時、きっと俺はかつてない満足感を得られる。そうは思いませんか」

スウ…と血の下がる感覚。
それを補おうとしているのか、気付けば目の前に迫っていた“危険”に対してなのか、心臓がやけに激しく鼓動を刻み始める。

それはもう煩いくらいだった。


足元からどんどん力が抜けて、立っているのも辛くなってくる。

だがキラはこんな男の前で醜態を晒すのは、絶対に嫌だった。
その意地だけを頼りに、なんとか踏みとどまったのだ。




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