誤解




いや別に名乗って欲しかったわけではなくて…。そりゃ名前を知らないままでは会話も成立しないから必要なことではあったが、それが最優先事項ではいのは明らかだった。
きっと頭もいいはずのその男にも、分かっているだろうに。それ以上語らずににこにことただ顔を見ているだけなのは、わざとキラの出方を待って楽しんでいるようだった。

「たった一人って…どういう意味?」
このままでは埒が開かないと諦めて、キラの方から尋ねてみるしかなかった。しかし彼は答える様子もなく、相変わらず食い入るようにキラを見つめてくるものだから、流石に居心地も悪くなってくるというものだ。
「てか、きみ人の顔見過ぎだから!」
「え?ああ…重ね重ね失礼しました。ヤマト先輩なんだなぁと思ったら、つい」
含み笑い。
悔しいが完全にイニシアチブは向こうにあった。
最近疲れ気味だったキラは、それに益々苛立ってしまう。
「質問に答えてないけど?」
顔も名前も覚えてない相手に申し訳ないという気持ちなど最早どこかへ吹っ飛んでいて、言葉にも我ながら刺々しいものが混ざる。
だけど自分は悪くない。
第一彼も言っていたではないか。話したのも一度きりだと。そんな殆ど初対面と言っても差し支えない相手を、あからさまにジロジロ見る方がよほど失礼だ。

「あのねえ!きみさっきから笑ってるけど、何がそんなに可笑しいの?」
「いえ、可笑しいんじゃなくて、嬉しいんです。だって俺、ずっと貴方に憧れてましたから」

「は――…?」




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