誤解




「……きみ…サド?」
必死で絞り出したはずの声は我ながら弱々しいもので、内心で舌打ちした。
それをどう受け取ったものか、彼が笑みを深くしたのだけが一瞬目に入った。
「貴方がそう言うのなら、そうかもしれませんね」
同時に素早い動作で顎を捉えられ、仰向かされる。
ハッとした時にはこれ以上ないくらいレイの顔が迫っていて。
流石にキラも彼が何をしようとしているのか、瞬時に理解した。

「―――っ!や・だっ!!」


渾身の力を込めてレイの体を突き放す。
キスされるなんて、絶対に嫌だった。
「!?」
意外にもあっさりとレイが動きを止めたのは、そんなキラの僅かな抵抗が功を奏した訳ではないようだったが。

「せんぱ…?」
レイはやっとキラの尋常ではない様子に気付いたらしく、声に戸惑いが混じる。今が逃げ出すチャンスだった。
だけどキラの方にももうそんな力は残ってなくて。

それでも逃げようと踏み出した足は、最早自身の重さを支える役目を放棄した。

「先輩?ヤマト先輩!」



結果として。
レイの胸に縋りつくカタチになったのは、仕方のないことだ。
溺れるものは藁をも掴むではないが、朦朧とした意識の中で、そこに掴まるものがあれば、誰でも倒れないために咄嗟に手を伸ばすだろう。
こんなもの、ただの結果でしかないはずだった。



レイの肩越しに、こちらを見ている翡翠の瞳を見付けてしまうまでは。




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