婚約




頭に血が昇るとはこういうことを言うのかもしれない。

普段から感情の起伏に乏しく、自分でも他者に比べて無感動だと自覚のあるアスラン。それもこれも幼い頃から“君臨”する父親のせいだと分かっているし、今ではこんな風に育ったことを感謝しているくらいだ。
しかし今アスランは一体何処にこんな激しい感情があったのか不思議に思うほど激怒していた。こうなったら相手が例え逆らうだけ無駄だと分かっている父親だったとしても、アスランには関係なかった。
とにかく言うだけ言ってやらないと気が済まない。



しかし勢い勇んで帰宅したザラ家に、まだパトリックは帰って来ていなかった。
どうやらアスハ家を辞した後、そのまま会社へ向かったらしい。
それもアスランの苛立ちに拍車をかけた。


とても冷静になどなれなかったが、父の帰宅を待つ間、キラから聞かされた真相を嫌でも思い出す。




「僕は妾腹なんだ」


ポツリと告げられた言葉は、アスランにとって衝撃の事実だった。

キラの母親はかつてアスハ家で使用人として働いていて、ウズミの手がつき、キラを生んでからは経済的援助を条件に別々に暮らしてきたのだという。
つまりはザラ家には妾腹の使用人の息子で充分だと言われたも同然だったのである。

こんな屈辱があるだろうか。


パトリックはいいだろう。欲しがったアスハ家との縁戚関係だ。
だが使用人の息子を押し付けられるアスランはたまったものではない。


「馬鹿にして…」



婚約解消には至らなくても、言いたいことくらいは言ってやるとアスランが思っても仕方ない事態だった。




苛々と父親の帰宅を待つアスランは気付かない。

キラの身の上も、充分同情に値するものだと。


本来ならおめでたいことでなければならない婚約も、終始波乱含みのまま。

現段階で、幸せな未来を思い描く者は誰もいないという、冷たい事実ばかりであった。





20090304
4/4ページ
スキ