婚約




流石“名家”といわれるアスハ邸は、古くはあるがそれさえも貫禄を意識させる重厚なものだった。

あの顔合わせ以来会うこともなかったアスランとキラだったが、本人不在のままあれよあれよと話は進み、今日の善き日に正式に婚約を取り交わすことと相成った。
相手は気に入らないが、いずれはパトリックの決めた誰かと縁組みさせられるのだからと、アスランは無理矢理自分を納得させて“婚約式”の執り行われるアスハ邸へとやって来たのだった。
しかしその場でも、キラはアスランに視線すら寄越さず、明らかにわざと外方を向いている。

そんな彼らの微妙な緊張感に気付いたウズミは、やや咎めるような視線をキラへと向けた。


「キラ。アスランくんに屋敷を案内してあげなさい」
「でもっ」
「キラ!」
圧倒的な口調で名を呼ばれ、キラはビクリと身体を揺らす。
そんな様子をアスランは少し意外に思ったが。
「……はい。分かりました」
やがてキラから出た返事に、更に驚くこととなった。

一度しか、それも僅かな時間しか会ったことはないが、それでもあの勝ち気なキラがあっさりと頷く姿など想像も出来なかったから。


音もなく立ち上がったキラは、悄然とうなだれてアスランの傍に来た。
「どうぞ」
「あ・ああ…」
釣られて後を付いて歩きながら、前を行くキラの華奢な背中が、一層小さくなったようにアスランには思えるのだった。




広い邸内を二人連れ立ってただ歩く。会話はない。
周囲には所狭しと絵画やら彫刻やらが並べられている。話そうとすればいくらでも話題には事欠かない状況でありながら、案内している筈のキラからは一切の説明はない。


暫く待ってみたが、やっぱり黙々と歩くだけのキラから、何も言い出す気配は伺えなかった。




「……馬鹿にしているのか?」
「?」
怒りも顕わに低い声で呟いたアスランに、キラが初めて足を止める。

「確かに美術品の説明なんか受けても下賎な俺には何のことやら分からないだろうが、芸術に造詣が深ければそんなに偉いのか?」




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