五条悟の従姉妹に生まれた
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おかみの弟に案内された神社には特に怪しい気配はなく、残穢も見当たらなかった。いたって普通の神社だ。強いて言うなら羽振りがよさそう。そこで、街の中をぐるっと回ってみることになった。
明日が縁日本番で、屋台がずらっと並んでいる。
テキ屋のおじさんから「君かわいいからサービスだよ」と渡されたブルーハワイのかき氷。麗の受け取る手が間に合わず、手を差し伸べた補助監督が受け取った。
「ありがとうございます」
愛想よく返事をしたが、麗は補助監督の助言通りかき氷には手をつけなかった。
少女たちが行方不明になった地点はバラバラだった。家族連れで目を離した際、お手洗いに寄った時、街を歩いていた時、そして旅館に泊まっている間。いずれにも呪霊の気配はない。今回想定されている呪霊の等級は二級。麗は囮として呼びつけられただけだ。
旅館に戻った一同は、皆で夕食をとり作戦会議をした。夕食は豪勢で、女性陣にはチョコレートプリンのおまけまでついてきた。
明日は縁日本番。街の人間がたくさん集まってくる。朝のうちから行動を開始する予定だ。作戦会議の途中、というか始まったばかりだが麗があくびをし始めた。起きていようと必死になっているのは伝わってくるが今にも寝落ちそうだった。補助監督も眠気に襲われていて、続きは明日朝にしようと解散になった。麗と補助監督は部屋に帰っていった。
翌朝、補助監督からの電話で七海と灰原は目を覚ました。
「麗さんの姿がありません。私たち昨日やたらと眠たかったのですが、食事に何か混ぜられていたようです。私は血液を少し抜いてから合流します。おふたりは麗さんの捜索を」
車が出せなくてごめんなさいと、補助監督が震える声で言う。
部屋に駆けつけて見てみればパソコンを開いたまま眠ってしまったと補助監督は言った。破壊行為等はされていないようだが中身を見られた可能性がある。血液を抜くと言っていたのは警察に届け出るか、高専で検査に回すつもりらしかった。補助監督の顔色は悪く、歩くのにもフラフラとしている。強い薬を盛られたようだった。
部屋に呪霊の残穢は全くなく、七海と灰原は麗の呪力を追った。旅館にはスタッフの姿がない。
早朝だからか町にもひとけがない。昨日案内された神社の立ち入り禁止の札を無視して裏道を走り抜け、山道に入る。山道というよりほとんど獣道だったが、周囲を沢山の鳥居が囲っていた。山を突っ切った先には、車から見た沼があった。
「あれは……!」
町人たちの姿もそこにあった。皆同じような着物を身に纏い、白っぽい布で顔を隠している。何人かの落ち着いた色合いの着物を着た女性たちが、何かの周りに果物やお菓子を運んでいる。
他の町人たちは手を合わせてじっとしている。
異様な光景だった。
「麗を攫ったのは、呪霊じゃなくて町人たちだってこと!?」
「そうなりますね。食事に何か盛ったのは旅館の人間でしょうから」
「じゃあ、対呪詛師ってこと……?」
灰原は問いながらいや違うな、と首を振った。呪力を帯びた呪具もなければ、呪力を放っている人間もいない。
対人間、それも街ぐるみ、既に自分達の手には余る任務だと2人とも理解していた。
木の影に身を隠しながら、見つめ合う。嫌な汗が出始めた。
2人がじっと気配を探った結果、女性たちが色とりどりの食べ物を運んでいる先に麗がいるようだった。
◇
麗は唐櫃 の中で目を覚ました。虫食いの穴から光が漏れていて自分が着物に着替えさせられていることに気づく。みじろきすると頭痛がした。頭がぼおっとしてまだ眠気がする。手探りでケータイを探そうとして手足が拘束されていることに気づいた。ご丁寧に重りが付いている。虫食いの穴から外を見てみればたくさん人が居て、皆布で顔を隠していた。だがすぐ近くにいる人間が誰かは声でわかった。昨日会ったおかみの弟、神社の神主だ。
神主は祝詞を唱え始める。
どうしよう。と麗は思案した。周りはおそらくみんな非術師だ。誘拐事件として警察を呼んで貰うのが1番いい。というか、わたしを閉じ込めてどうするつもりなんだろうか。焼くのか、埋めるのか。麗は寒気を感じつつも状況理解に苦しんでいた。
かしこみかしこみ申す、で祝詞がしめられる。
それを待ち侘びたかのように、波なんて立たないはずの沼からざざあっと、まるで手足のように水面が蠢いた。途端に強く濃くわかるようになった呪力。そして水は麗の入った唐櫃をつかむと沼に引き込んでいった。
焼かれるでも埋められるでもなかった。水音で気づいた麗はまずい、と思った。沼に沈められる前に唐櫃の周りと内側に結界を何重にも張る。呼吸をするためだ。空気を結界内に保っているのに浮力を無視して沼の中に唐櫃が沈んでゆく。この沼の中に間違いなく呪霊が居る。水で着物が濡らされれば戦闘どころではなく溺れ死んでしまうだろう。結界のおかげで、酸素を含む空気と周りの空間に守られたまま麗は沈んでいった。
ある程度沈められたところで唐櫃が破壊された。視界が開けたそこにはかつては美しかっただろう、龍とも蛇とも形容し難い呪霊がいた。
「ナ、なマぃいきな」
水を通じて呪霊の言葉らしき音が聞こえる。
呪霊が何かを吐くとどうっと水の塊が麗の結界を叩きつける。
「うっ…!」
衝撃で表面の結界が2枚壊れた。内側に更に結界を足していく。そうしているうちに結界表面に光が走り、ビリビリとした衝撃に身がすくんだ。これは、雷だ。最初に水の塊で印をつけていた場所に雷を落とす。
この呪霊、術式を使う……!
二級じゃない、準一級以上の呪霊だ!
七海と灰原向けの二級呪霊任務のはずだった。そこにたまたま仕事を早く片付けた麗がジョインしたのだ。近頃増えていた等級ミスの任務。またか、と麗は手枷と足枷を破壊して呪霊に向き直る。水中はこの呪霊の庭、いささか分が悪い。
でも、わたしが居てよかった。準一級は2年の中でわたしだけだ。
「お……マエ、生娘ではなィナぁ」
「は」
突如、呪霊が怒り出した。水の塊を手足のようにバタバタと麗の結界周辺にぶつけ始めた。水泡で一気に視界が悪くなり、雷の明滅で目がやられる。自分の悲鳴がすごく遠く聞こえた。
◇
麗が沼に引きずり込まれたことで、見ているだけで居られなくなった七海と灰原が飛び出した。事前に応援を頼もうとしたがケータイが圏外だった。
町人たちはまだ祈り続けている。
「何をしているんですか?」
七海が神主に問うと、邪魔をしないでおくれと他の町人に引き離される。灰原は沼に入ろうと試みるも、水深が深く水が濁っていて麗の居場所の目星がつかなかった。その上、呪霊の気配を濃く感じた。いったん引き上げて七海に合流する。町人たちに声をかけるためだ。
水面が蠢いて、灰原目がけて岩のような水の塊が飛んできた。灰原はかわしたが供物が辺りに飛び散る。だがしかし、村人達は逃げようとしない。どこか喜ばしげに祝詞を唱え続ける。
いつのまにか雷が鳴り始めていた。
「これでまた一年安泰じゃ」
「いいゴクさんが来てくれてよかった」
「身内を引き渡さんでも金に困らん」
「去年はギリギリだったからな。山が崩れんでよかった」
「前からこうすりゃ良いって言ってたんだ」
「あのときゃ駐在がよそもんでできんかったからな」
町人たちのボソボソとしたつぶやき。
どんなに邪悪でも弱気を助け、呪霊を討伐する。それが呪術師の仕事だ。
灰原が沼に近いところにいる町人たちに駆け寄る。
「皆さん! ここは危険です! 避難を」
「私らは元々この土地のもの。山神様が守ってくださる。お前たちこそ邪魔だ。さっさと立ち去るがいい」
七海は気づいた。
これは、信仰だ。
「灰原! それよりも麗さんの救出をッ……!」
光とけたたましい音と共に雷が落ちた。落ちたと言うより沼から光が上がってきた。先程、灰原がいた場所が焼け焦げている。七海と灰原も、呪霊の等級が二級ではないことに気づいた。相手は、術式を使う。
「山神さまがお怒りだ!」
「おい誰か、もうひとりの女を連れて来い!」
言うが早いか、町人に引きずられて補助監督が連行されてきた。旅館の浴衣のままだが、流血している。すぐに七海が救出に向かった。救出の際、町人を殴って気絶させてしまったが、呪力は使っていない。
「七海さん……よかったです。国道まで行けば電波はつながります。応援を呼んでください。帳を下ろして一般人を沼から離します」
闇より出でて闇より黒く、その汚れを禊ぎ祓え
帳が降りて、町人たちは強制的に沼から遠くへ飛ばされる。しかし呪霊の脅威が届かない訳ではなかった。麗の生死もわからない。
「あなた怪我をしていますよね」
「私も補助監督の端くれですから、このくらいは大丈夫。急所ではありません。それより早く高専に連絡を。ここは高専から遠いです」
切羽詰まった状況だった。町人たちが灰原に掴みかかろうとしている。「邪魔をするな」だの「よそ者の男は沼に入るな」だの「出て行け!」と怒鳴り声が聞こえる。七海は山から沼の横を通り抜ける際、灰原を町人から引き剥がして道路側へ誘導する。人の波のようだった。
そこを抜けて道路側に出ると足元に鳥居が沢山あったが気にかけていられなかった。水の塊や雷がそこかしらに降ってくるからだ。水の攻撃を術式で受けようとした七海を灰原が止めた。麗が沼の中に要る以上、水に対しての反撃はおそらく麗にも影響する。
「私は国道まで走って応援を呼んできます。そこなら電波が入るらしい」
ケータイを掲げて見せながら七海が言う。
「じゃあ僕は、ここの人たちを守りながら帳の中に入ってみるよ。まだ麗も助かるかもしれない」
「無理はしないでください。彼女は私たちより強いです」
「わかってるよ。応援、頼むね」
灰原が微笑む。
それから二言三言を交わした。
七海が最後に生きている灰原を目にしたのはこの時だ。
七海が高専に至急の応援を頼んで、戻ってきてみればそこには地獄絵図が広がっていた。町人たちは雷で一様に気絶しており、折り重なるように倒れていた。補助監督の女性も倒れていたが命に別状はなかった。覚悟を決めて帳に入れば、もう緑や草木など存在しておらず、焦げたにおいが充満していた。ところ構わず水と雷の攻撃が降ってきていた。雷の明滅で目が使い物にならなくなりそうだったが、あたりを見回した。そして、
「灰原……灰原! 灰原!!」
抱えてみればずいぶん軽くなってしまっていた。もう、とても助からないだろう。
近くにいた別の補助監督の車が到着するまで級友を庇い運んだ。自身も雷を浴びた。術師でなければ危なかったろう。
その後、飛んでいった悟が麗を救出し呪霊を跋除した。麗がしっかり結界を張っているのを確認し麗がいる沼ごと吹き飛ばしたのだ。
心音が低く意識の戻らない麗に焦った悟が、硝子に電話し指示通りに処置し搬送したことで彼女は一命をとりとめた。
◇
麗が目を覚ました時、病院にいた。これから高専に戻るところだった悟が看護師が騒ぐのを聞きつけてやってきた。大きな手で麗の額に触れる。
「落ち着いて聞け」
悟が低い声で言う。
「灰原が死んだ」
「ぇっ……」
なんだか苦しくて、何があったかよく思い出せない。悟が何を言ったのか理解するのに時間がかかった。声が出しにくい。
「うそ、どうして……? わたしが捕まったから」
「違う」
起きあがろうとした麗をベッドに押し戻して、肩から指先を滑らせて手を握る。
「それは違う。今回の呪霊の等級は一級クラスだった。最初から手に余る任務だったんだよ。オマエたち誰にも倒せるやつじゃなかった。麗はむしろよく生きてた」
麗の瞼から涙が溢れ始めた。
灰原雄が、死んだ。
良き友人で善き少年であった彼が死んだ。
喪失感で胸に穴が空いたようだった。
麗は1週間ほど入院することになり、孤独に過ごした。灰原の葬式に出ることも出来なかった。彼の死は両親になんと伝えられるのだろう。妹さんには、どう。
身体も心も、鉛のように重かった。
嘘であって欲しかった。元気だよって笑っているところが見たかった。
あの時の補助監督は硝子による反転術式で早々に復帰していた。
事前調査が甘かったことについて謝罪を受ける。そんなことはいつものことだ。彼女は灰原の最期を1番近くで見ていた人で、立派だったと語ってくれた。立派なんかじゃなくてよかったのに。麗も町人も見捨てて七海と行ってくれたらよかったのに、と思わずにはいられなかった。
「一般人から呪霊を隠すのも私の仕事です。何の役にも立てず申し訳ありませんでした」
件の呪霊は、あの土地の人々に強く信仰された神でよそからやってきた少女たちを御供にしていたそうだ。それも、調べがついていた人数より多く。街ぐるみで行っていたからバレにくかった。
人の畏れが強いほど呪霊は強くなる。信仰も畏れのひとつ。
当初、呪霊は沼の外には10秒毎に攻撃を仕掛けてきていたが、男である灰原が沼に足を踏み入れたことで逆上し雨あられのように攻撃を始め、皆避け切ることができなくなっていったそうだ。
それでもいちばん呪力量の多い麗が多数の攻撃を引き受けていたからこそ、一般人への被害は少なかった。
今回のことで町人たちは誘拐及び殺人で捜査され法によって裁かれる。補助監督の提出した血液から薬物が検出されたのだ。
◇
秋に予定されていた姉妹校交流戦は中止になった。
特級の夏油傑が一般人を殺し、姿を眩ましたからだ。
どうして……?
「もういやだ」
何もかも全てが嫌だった。
灰原の死を悲しんでいられたのは入院している間だけで、即任務が入った。今度は二級討伐から始まり、東京近辺の準一級以下の任務が詰め込まれていた。七海や夏油には会えていなかった。同じ寮で暮らしているはずなのに。
あんなに仲の良かった悟でも止められなかったのに、夏油に対して麗に何ができようか。初めて対等に接することのできる親友が去ってしまった悟になんて声をかければいいのか。……わからない。
悲しみを共有できる相手がいなかった。こんなに悲しいのに、無情に任務は振られる。そのうち戦闘時の動きに影響が出始めて、とうとう怪我を負った。高専に搬送され、硝子の治療を受ける。
「ちゃんと眠れてるか」
「……あんまり」
「…バカばっかりだよな………。泣いてもいいよ。誰も来ない」
硝子だって、たった3人の同期のうち1人が居なくなったのにとても優しかった。時おり背中を撫でてくれながら、麗が落ち着くまで泣かせてくれた。
「相談する相手を複数人作るんだよ。分野とか、悩みの種類によって分けたりとか、時間の都合が合わないこともあるから3人以上いるといいらしい。私でもいいし、七海だっていい。呪術界の人間じゃなくたっていいから、麗が楽に話せる相手を探しな」
「………ありがとう。硝子さん」
「でも七海とはそのうちちゃんと話した方がいいよ」
「……うん」
七海と話せていないのは時間が合わないだけではなかった。
お互いに罪悪感を感じていたのだ。助けられなかった罪悪感。生き残ってしまった罪悪感。それぞれが重たく肺をつぶす。
ねえやであった沙希も最近は現場に出ており、忙しそうだ。どうしよう、とケータイを眺める。何件か、中学の時に知り合った人たちからメールが来ていた。そのうちのひとりと電話をしてみたら会うことになった。彼は出会った時大学生だったが、今は大学院にいるそうだ。
和風のカフェで待ち合わせして、お茶をする。
つらいことがあったという麗の話を聞いて、優しく手を握ってくれた。
「君の家って厳しいんだろう」
「うん」
「僕の家もそうだよ。早く結婚しろって言われてるけど不細工は嫌だ。麗みたいな綺麗な子がいい。結婚しようよ」
「わたしまだ学生だよ」
「僕もさ。でも就職は決まってるし、今年度で卒業する。すぐにでも結婚を許してもらえそうな手がひとつだけある」
「なあに?」
「麗が不安になることなんてないよ。僕は官僚になるから将来安泰だ」
握られた手にぎゅっと力がこもる。
「この後も、時間いいかな」
「……うん」
灰原の死後、初めて優しく抱きしめてくれたのが彼だった。
それからしばらくして、麗はやっと七海の顔を見て話せるようになった。七海の方は麗の話を聞いて愕然とする。その上、悟と話がしたいが怖いからついてきてくれと言われた時はたまったものではなかった。
秋中頃、そろそろ肌寒くなって、落ち着いてきた任務がまた増え始める時期のこと。自販機の前でコーラを飲んでいる悟に2人で歩み寄る。
悟がこちらを向いたところで、ちょっと緊張した麗が口を開く。
「悟くんあのね、子供ができたの」
「……………七海の?」
「違います!」
七海が食い気味に答える。
「七海は着いてきてくれただけ。わたし、結婚したいひとがいるの」
「はあ!? どこの馬の骨だよ」
「政治家の先生のとこの人、来年就職するんだって」
悟の頭の上を?マークとイライラマークが飛び交っている気がした。麗は思わず七海の制服を握る。七海は正直この場から立ち去りたかった。御三家のことだ。複雑な事情もあるし、簡単に許されないだろう。七海は悟の口からどんな罵倒が繰り出されるか覚悟して見守っていたが、悟は「わかった」と言った。
「えっ?」
「だからわかったって。そいつ本家に連れてこいよ」
「いいの?」
「見てから決める」
七海はそれからのことはよく知らなかった。麗が退学してしまったからだ。連絡は取り合っていたし、大学に編入してから再会したが、上手くやっているようである。高卒資格を取って大学受験までできるなら、そこまで悪くない環境なのだろう。
呪術師をリタイアして、大学生をしていた七海はそう思っていた。
2023.7.31.
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