秋雨が連れてきた
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もうすぐ行くはずの夏に、名残る暑さの怠い夕刻。雲雀邸の一室で、家の主が目を覚ました。
じっとりと汗をかいて起き上がってみれば、隣で小倅がロールのトゲを握りしめたまま眠っていた。自分の幼い頃そっくりの顔をした子。………そうだ、確か。外は雨で昼寝をさせたはいいが、匣兵器を離さないままに寝入ってしまったから隣で見ていたのだ。いつの間にやら自分も眠ってしまっていたらしい。
起きて見れば机には湯呑みと急須が置かれていた。触れてみれば熱くはない。乾いた喉を潤そうと飲んでみて、予想しなかったしょっぱさに瞬きする。その時、すとん、と静かに襖が開かれた。一つ奥の間で眠っていた妻のなまえが顔を出す。
「おはようございます。よく寝てらっしゃいましたね」
「ああ、……うん。君もう頭痛はいいの」
「ええ。だいぶ」
雲雀は、そう、と目を細めた。妻の快復に一安心して目の前の疑問を口に出す。「これ何」「梅昆布茶です。熱中症対策」なるほどともうひと口。寝起きで判断しかねた香りが確かさを増した。
「麦茶は」
「冷蔵庫です。持ってきましょうね」
「いやいい。僕が行く」
立ち上がった雲雀に、なまえは珍しいものですねと微笑んで息子の側に寄った。この子がいちばん汗をかいている。
雲雀は縁側の廊下につながる障子を開いてはたと目を見開いた。
「………」
「どうしました?」
動きを止めた夫に、雨が上がりの外を確認しようとなまえも雲雀の隣に立って気づく。
「ふふ。かわいいお客さんが来られていたみたいですね」
木目に濡れた足跡がくっきりと残っていた。雨宿りでもしていたんでしょうか、まだ近くにいるかも、とのんきに言うなまえと対照に雲雀の顔は僅かに曇る。
「………気づかなかった。休みで鈍ったかな」
「敵意のないものですもの。そういうこともあるでしょう」
雨音がしていたとはいえ侵入者に気付かないとは自分らしくもない。雲雀はなお眉を寄せた。
「ん、なに。……足あと?」
夫婦二人それを眺めていれば、仲間外れにするなとばかり目を覚ました倅が目元をこすりながら廊下を覗いた。両親におはようを言って、目敏く見つけた跡の隣に自分の手のひらを置く。
「猫、ですかね」
「ねこ、手、ちっちゃい」
かわいい足跡の横に未就学児の紅葉が並ぶ。愛しい光景にふ、と笑んだ雲雀が倅の隣にしゃがみ込む。
「乾いてないってことはまだ近くにいるかもしれないね」
「ほんとう?」
父親の言葉に目を輝かせた息子は縁の下を覗き込む。まだ体に対して頭の大きい子供の姿勢は不安定で、母が一歩踏み出した。
「落ちるよ」
倅は父の大きな手によって捕まえられ、縁側の上にそっと引き戻される た。「おちないよ」と唇を尖らせれば「靴を持ってきてあげよう」と穏やかに返された。父は「わたしが」と言う母に「いいよ座ってな」と、倅では届かない母の髪を撫でて、余裕のある歩幅で廊下の先に歩いて行った。
倅は自分の手のひらに視線を落とす。猫よりも自分の方が大きいと思ったけれど、父は、まだまだ大きい。
「ぼく、おとうさんより大きくなりたい」
ぽつんとつぶやけば、ぱちぱちと瞬きした母がゆっくり隣に腰掛けた。
「なれますよ」
「ほんとうに?」
「お父さんみたいに人参の量に文句をつけなければ、きっとね」
2020.08.27.
#復活夢版深夜の真剣創作60分一本勝負
お題「手の大きさ比べ」に参加させていただきました
2020.09.09.加筆修正
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