五条悟の従姉妹に生まれた
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悟は最強に成った。
反転術式は生得術式ではない。故に、後天的に会得が可能である。しかし、使用できるものは滅多におらず、他人に施せるとなるとさらにレアリティが上がる。これができれば術師として大きなアドバンテージとなる。
そんな反転術式の使い手が、従兄弟の同級生に居たので、何度も何度も教えを乞うた。でも、硝子の言うことはさっぱりわからなかった。
それなのに。
悟は今まででも十分最強だったのに。
反転術式まで会得してしまった。"赫"も、五条家の中でも一部の人間しか知らない、未だかつて自由自在に扱える術師など居なかった"茈"までも。
悟は最強だ。
生まれた時からそうだ。
わかっていたことだ。わかっていた、けれど。
それでも。
麗は、胸が潰れるような思いがした。
同じ術式を持って生まれたのに、こんなにも違う。
2人で最強。だった。ということを正しく認識できたのはおそらく悟と並び立つことのできた夏油のみ。
◇
五条家は、未だ男尊女卑の思考がカビのように蔓延る呪術界の中でもまだ先進的でマシな方だと麗は思っている。加茂家の当主が妾に男児を生ませていたのは聞いたし、禪院なんて言わずもがな。相伝の術式を持って生まれなければ、人間扱いさえされないと言う。呪術界上層部と懇意な加茂家からはときどき縁談の話が来るが、おじさんに興味のない麗は全て年齢だけ聞いて蹴っている。禪院とは不仲なので、そんな話は来ない。
麗は術式を後世に遺すための繋ぎ。いつか結婚して、子供を産んで、育てて。そんな生活をするんだろうと幼い頃から思っている。だからこそ、危険な任務に当たらないように調整されているし、健康である為に食事を摂らされる。子供を産ませるために大事に育てられている自覚がある。
そんなの関係ねぇ! シラネ!
というスタンスなのが悟である。
悟は1人でこの国の人間全て殺せる。今まで御三家の中でもそこそこの立ち位置で、あまり主張しなかった五条家が悟のおかげで大きな力を持つようになった。
麗は、束の間の自由を得た。
思い切り呪力をぶっ放し、呪霊を払いまくるという。実力を示す自由。女であっても、術式が、使えずとも戦える。
麗の実力を示すためか、悟自身の能力の底上げ・実験のためか、いとこ同士での任務が増えた。
正確には悟が麗を自分の任務に連れ回している。一級呪霊ならば、もしかしたら祓えるかも、くらいの力の麗からしたら特級案件に連れて行かれるなどたまったものではない。悟が付いている限り、命の危険はないが。それでも疲れるものは疲れるのだ。目の前で繰り広げられる鮮やかな呪術合戦。麗の目には見えない、呪力の流れ。見えずともわかる。禍々しさと強さ。圧倒される。
任務に赴く車の中では何度も何度も、アキレスと亀だの、何処にでも存在する無限だのの話をされる。耳にタコだ。
「麗に足りないのはさあ、呪力への核心かもな」
「核心………」
「麗がガチで死にかけるくらいのちょうどいい呪霊なかなか居ねえんだよな」
「え?」
今、悟は何と言った? 麗を死なせる気か?
「俺は死に際で掴んだんだよ」
呪力の核心を。
同じように麗に死に目に合わせ、ギリギリの状況を作ろうとしていたらしい。確かに連れて行かれるのは高専近郊の任務で、硝子が駆け付けられる距離の範囲内だ。
「え、死に目には会いたくない」
普通に考えてそうだろう。安全に生きたいし、実力を上げるにしてもぶっつけ本番はやめて欲しい。自分自身に反転術式を施せるようになった悟と違って、麗は致命傷を負えば死ぬ。
「だったらプラン変更だ。黒閃をうてるようになろうぜ」
黒閃。
打撃との誤差0.000001秒以内に呪力が衝突した瞬間 空間は歪み
呪力は黒く光る。
黒閃を経験したものと、未経験のものでは、呪力の核心との距離に天と地程の差があると言われる。
「っつうことで、繁忙期落ち着いたら組み手の鍛錬な。死ぬ気で来い」
「ええ………」
麗の苦手とする肉弾戦。しごきの予告がされた。単純な膂力の差、動体視力、手足の長さ。フィジカル面においても、麗は悟に劣る。これから暑い夏だというのに、げんなりした。
◇
「雨多いね」
「台風もね」
「また地震だってさ」
台風で任務にも行けない。
皆談話室に集まって、人生ゲームなど始めた。
夏油、硝子、灰原、七海、というメンツだ。悟は無下限があるので台風の中でも任務を割り振られている。上層部からの嫌がらせであるが、目下、無下限オートマ試し中の悟にとっては好都合だった。
順繰りにルーレットを回す。今のところ硝子が一位だ。
「また呪霊が増えるね」
「そうですね! でも僕らはできることをやるだけです。一体でも多く祓えば助かる人がきっといます!」
夏油のため息混じりの呟きに、灰原が元気よく返す。そうだね、と夏油は苦笑いした。
「麗さんは? また五条さんに連れ回されてるんですか? 流石に気の毒になってくる」
「いや、麗なら部屋で寝てる。頭痛いって」
七海が自分の車のコマに子供を追加しながら訊ねると、硝子がタバコの火を灰皿に落としながら答えた。
「風邪ですか? お見舞い行こうかな」
「いや、偏頭痛だよ。薬の飲み過ぎも良くないし、休みだから寝かしとくことにした」
灰原が心配だという顔をする。沙希が台風で止まった新幹線のせいで帰って来れないので、麗の面倒は硝子が診ていた。夏油も実は頭痛を感じていたが、動けないほどの痛みではないので黙っていた。
硝子はそろそろ何か食べさせないとなと呟く。麗は吐き気がすると言っていたが、空腹は偏頭痛の悪化を招く。血糖値が低下すると脳の血管が拡張するからだ。
「じゃあこれ終わったら、負けたやつ2人が昼ご飯の準備な。そうめんにしよう」
硝子はもう勝ちがほぼ確定している。男どもに昼飯を作らせる気しかない。
結果、1年生2人が昼食を作ることとなった。まるで2年が1年をパシっているようである。灰原は元気よく鼻歌を歌いながら、薬味を刻む。七海は金糸卵用の卵をかき混ぜた。
「なんか、悪いね」
「いんじゃない。勝ったんだし」
1年がせっせと調理するのを眺めながら、2人してタバコをふかす。多少罪悪感のある夏油と違って、硝子はどこ吹く風だ。実は、灰原が夏油に勝利を譲ったのは、先に上がって眺めていた硝子だけが気付いていることだ。夏油も休んでりゃいいのにと硝子は思う。顔色が良くないことは朝、顔を合わせた時から知っていた。本人が言わないから、黙っていたけど。
「できました!」
「おっ、早いな」
「麗の分は小分けにしてます」
「ありがと。持って行ってくるから、私の分食べ尽くすなよ」
「了解です!」
硝子は麗の分のそうめんを灰原から受け取って、彼女の部屋へと向かった。
麗の部屋の鍵は開けっぱなしだ。
一応ノックしてから入ると、目を覚ましたようで子猫のような唸り声が聞こえる。
「麗、そうめんあるけど。食べれる?」
「う゛ーーん………」
「見てこの金糸卵、めっちゃきれいに切ってある。七海作だよ。あいつ几帳面だし器用だよね」
そうめんの上に盛り付けられた、きゅうり、ハム、トマト、金糸卵、大葉。丁寧に色鮮やかに、麗のために灰原が1食分用意したものだ。
麗はごろんと寝返りを打って、硝子の方を向いた。
「ほんとだぁ。めっちゃきれい」
「食べ切れたら痛み止めをやろう」
「うわーい。いただきます」
今朝の時点では、女の月一の不調と低気圧が重なり、かなりグロッキーだった麗だが、多少は回復したようだ。
もくもくと口に入れる麗はおいしい、と小さい声で呟いた。
「なんでわたし、女の子に生まれたんだろう」
「なんでだろうな」
硝子は寝癖もほとんどつかないサラサラの髪の毛を撫でてやって、後で皿を取りに来ると言って自分も昼食を取るために戻って行った。
◇
麗はストレスを溜めていた。チヤホヤされたかった。そんな折、中学の友達から誘いが入る。
「ねえねえ硝子さん。クラブ行かない?」
「クラブ?」
談話室での会話にたまたま居た夏油が咳き込む。
「友達から誘われたの。みんな夏休みだから。今日の夜暇? 芸能人とかもたまに来るところなんだって。女の子はタダ飲みできるよ」
「よし行こう。そこのでかいのも連れて行こう」
「いや私いいよって言ってないよ」
「来ないの」
「行くけど」
沙希に怒られないかと訊ねる夏油に、麗は沙希は今九州だと答えた。悟も居たら行きたがっただろうな、と夏油は考えたが、麗は悟も沙希も居ない今日を狙ってのことだろうと察した。
クラブでは3人はめちゃくちゃモテた。
楽しかった。まる。
「この、ひとごろし!」
子供が石を投げる。石は麗の頬をかすめて行った。直ぐに七海が麗を庇い、子供は灰原がなるべく優しく押さえ込んだ。
倒した呪詛師が補助監督の呼んだ救急車に乗せられて行く。子供も宥め、すかされて、母と同じ救急車に乗せて運ばれた。
「大丈夫ですか」
「うん………」
七海の気遣わしげな視線の先で、白い頬から真っ赤な血がつぅっと落ちた。
発端は、インターハイに出る選手たちが何者かに襲われ、怪我を負う事件が多発したこと。警察が動いていたが、窓であった生徒が被害にあったことで呪霊絡みの事件であることがわかった。いずれも死に至るような怪我ではないことから、知能のある呪霊であることが推察され、1年生3人の派遣が決まった。
しかし蓋を開けてみれば、犯人は生活苦に喘ぐ母親が金銭目的で始めたことで、呪霊ではなく式神の仕業だった。追い詰められた母親は麗に向かって行ったが、両者には埋められない大きな実力の差が合った。麗は仕方なく応戦し、呪詛師の意識を奪った。それを子供が目撃してしまったのだ。母親の行動は、呪術規定において、許されるものではない。しょうがないことだ。でも、情状酌量があって欲しいと3人は思う。
「麗は良くやったと思うよ。あれが最善だった。あの子はいつか親の罪を知らなきゃいけなかったんだよ」
「……うん」
灰原が慰めてくれても、子供の言葉が棘のように胸に突き刺さり、消えない。
その日の夜、眠れない麗はふらふらと自販機まで行き、水を買い、談話室のソファで膝を抱えていた。
「あれ? 麗ちゃん?」
「……夏油さん。こんばんは」
風呂上がりだろうか、いつものお団子頭ではない夏油を見上げる。自分から出た声はいつも通りのつもりでも覇気に欠けていた。夏油は麗の隣に座り込んだ。
「何か、あった? 私で良ければ聞くよ」
「………………今日、ね」
ぽつりぽつりと話始める麗の言葉を遮ることなく、夏油は静かに聞いた。頬のガーゼが痛ましく見える。硝子は今夜は治療に出ていて戻らない。
今にも涙が溢れそうな震える声に抱きしめてやりたくなる。
「麗ちゃん。晩ご飯は食べた?」
夏油の言葉にふるふると首を振った。涙が揺れて、頬を伝い落ちる。夏油はそっと親指で涙を拭ってやって、肩にかけていた自分のタオルを麗に貸した。
「私もまだ食べてないんだ。そうめん茹でるから、おいで」
本格的に泣き始めた麗の肩を抱いて、夏油は麗を自室に連れて行った。夜食の支度をする間麗は夏油のタオルに顔を埋めて泣いていた。弱った後輩の面倒を見るのも仕事のうちだと夏油は考える。
一緒にご飯を食べて、涙を拭って、赤くなった悟と色違いの目を見て、少しでも元気付けられたらと思った。遠慮がちな麗に気にしなくていいと言って後片付けをすると、麗がすやすやと寝息を立てていた。積りに積もったストレスが涙となって流れ落ち、泣き疲れてしまったのだろう。床に寝かしておくわけにはいかないから、夏油のベッドにそっと運んだ。触れても起きやしない。今は静かに寝かせてやろう、タオルケットをかぶせて髪の毛が絡まないように流していると、ドタン! と音を立てて夏油の部屋のドアが開いた。ノックをしないやつは1人しかいない。
「静かに開けてくれないかな、悟」
「………何、俺の従姉妹連れ込んでんだよ、傑」
「今日は帰ってこないものだと思ってたよ。後、別にやましいことはしてない。麗ちゃん寝てるから声落としてよ」
「沙希から麗の位置情報が男子寮にあるってメール来たから、短距離瞬間移動テストついでに帰ってきたんだよ」
うん? 今なんて? どっからつっこんだらいい?
悟は男子寮の部屋を順繰りに開けて回ったらしい。夜中なのになんて迷惑なやつだ。そして親友の部屋で従姉妹を見つけた。親友の言葉を借りるならやましいことはない、というのは本当らしいと自身の目で確かめて、悟は夏油に詰め寄る。
「何? お前が泣かしたの? 表出るか?」
「今日は疲れてるから遠慮しとくよ。麗ちゃんが泣いてるのは任務のせいだ」
2人の話し声にふいに麗が寝言を言う。
「おかあさん………」
2人は目を見合わせて、悟の部屋に移動した。
「で、今日の任務って?」
「呪霊討伐だと思ってた任務が呪詛師絡みの案件で、倒した呪詛師の子供にひとごろしって言われたそうだ」
「………そうか。1年が担当するような案件じゃねぇな。補助監督締めるか」
「同感だけど、程々にね」
沈黙が落ちる。
それを破ったのは悟だった。
「俺はお前のこと親友だと思ってるから言うんだけど、麗の母親が麗の目の前で死んでるんだ。それを、思い出したのかもな………」
◇
麗は五条家当主の娘である。
母親は分家の出ながら、血の滲むような努力を重ね、一級術師まで上り詰め、五条家の当主と出会った。2人は任務をこなすうち、自然な流れで愛し合うようになり、結婚した。結婚した先で待っていたのは跡継ぎを産まなければというプレッシャーだった。しかし、先に妊娠したのは当主の弟の妻で、それを追うように麗の母も子を身篭った。
冬のある日、悟が産まれた。六眼を持って。
麗の母親は荒れた。自分の産む子は、次期当主になることが出来ないかもしれないという事実が堪え難かった。麗の母親は自分の腹の子が女の子らしいとわかってからも、もしかしたら、もしかしたらと祈り続けた。悟が産まれた半年後に、麗が生まれた。やはり、女の子だった。麗の母親は、我が子のことが可愛くて仕方がなかったが、同時に男の子を産めなかったことを苦く思った。五条家当主である麗の父親は、自分と同じ苦労を子に背負わせずに済むと安堵した。幼少の時点で、次期当主は悟になることが確定した。術師の家系らしく家父長制の五条家だから、というだけではない。悟には六眼がある。言葉を話せるようになって直ぐ、無下限呪術との抱き合わせであることも判明した。何百年振りかの六眼と無下限呪術との抱き合わせ。最強の再来である。五条家の爺婆は有頂天になった。
六眼は特別で、相手の呪力をサーモグラフィーのように見ることができ、術式の解明も可能だ。そんな悟が6歳になったばかりの麗を見て「俺と同じ術式だ」と言い放った。それから、麗の人生で1度目の苦難が始まる。
麗の母親が、自分の任務に麗を連れて行くようになったのだ。
麗の母親は、まだ自分の子が当主となる夢を捨てきれず、自分の持てる全てを幼い麗に教え込んだ。呪力操作、結界術、体術、呪霊の発生源や特徴。幼い頃から聡かった麗は母親の期待に必死で応えようとした。でも、応えられなかった。六眼がないから。術式を使いこなせない。
麗の母親も麗自身も必死だった。一級案件に娘を連れて行き、庇いながら戦う。そんな生活が長く続く訳がなく、疲れて弱ったところにつけてきた呪霊が麗の母親に致命傷を与えた。五条家の敷地のすぐ外でのことだ。異変を感じた悟が駆けつけ、呪霊を払ったが、麗の母親はもう助からないのが見て取れた。騒ぎを聞きつけた麗の父親がやってきて、息も絶え絶えな妻の身体を抱えた。
術師は、死後呪いに転ずることの無いように呪力によって止めを刺さなければならない。
麗の母親は、夫に感謝し、麗に愛していると告げて、息を引き取った。
父親が母親をあの世へおくるのを麗は目の前で見ていた。悟だけが麗の小さな手を握っていた。
あれが愛だと言うのなら、愛ほど歪んだ呪いは無いと、悟は思う。