AMゆううつ
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雲雀恭弥が来ているらしいよ。
ひそひそ、こそこそ、そこそこ大きな内緒話。
業務中、クリーンベンチから視線を上げた時だった。同僚がラットの入ったカゴをデスクに置いて言った。なんでも、ロビーの打ち合わせコーナーで時間を潰しているらしい。そうでしょうね。午後からの来訪のはずなんだから、ランチにでもご案内されるんだろうか。わたしはひと段落した仕事を置いて、スマホからチャットを送った。
ここは、某国に存在する反民間反半社の研究所。主に生物兵器に関しての研究を行っている。雲雀恭弥は出資者の一人である。雲雀恭弥とは世界有数のマフィアの最強の守護者だとか、そうではないとか、噂されている日本人だ。白衣の同僚たちはゴリラのような屈強な男だろうか、チャイニーズの映画に出てくるような武闘家だろうかなんて言っている。そんなかわいいもんじゃない。
わたしは施設内を案内する予定だ。案内すると言っても見せられる範囲内、来訪客が入れる範囲内だが。実際にクリーンルームなどには入ってもらうわけにはいかない。だいたい見学してわかるようなものじゃないだろう。雲雀恭弥の専門分野からは外れる筈だ。
◇
わたしが早めのランチを終えたタイミングでロビーの雲雀恭弥を迎えに行った。ヒバリ、呼びかければ男が顔をこちらに向けた。引き締まった体で、艶やかな黒髪の男。周りの筋トレマニア達とはふたまわりほど細身で優男という印象を受ける。
「早かったですね」
「君のほうこそ」
右手を差し出せば当たり前のように握り返される。大きな手がに包まれて、一瞬で離れていく。フワッと香るフローラルに違和感を感じた。
では、とエレベーターに乗り込み、施設を歩き回る。変わりないか、変わらないよと冗談を交えながら。
「細菌研究についてはロビーで聞いたと思いますが、日夜ワクチン研究に励んでいます」
「細菌兵器を作ってるわけじゃなくて? ブラックマーケットで売り出せばひと財産だ」
「まあ、そういうのも培養してますがあくまで対抗する手段を研究するためです。わたしたちがしているのは命を救うための研究。在庫管理も抜かりありません」
「ふうん。そう」
なんだこの人。監査にでも来たのか? なんだか含みのある彼の言葉を聞き流して、研究室までやってきた。
「静脈認証なんだね」
「虹彩認証や声紋認証が時に役に立たないのはご存知の通り。目に見えるものや聞こえるものは幻覚使いがいとも簡単に偽造できてしまいますからね」
「厄介だ。術師どもは」
「まったく、いい迷惑ですよ」
虹彩認証のシステムは設置されているが今は使われていない。ただの飾りである。
手のひらをかざせば、ロックが解除され、扉が開いていく。
「やけに広いな」
「ええ、まあ」
彼が部屋に侵入したのを確認してわたしは一歩下がる。彼はホールと言っても過言ではない部屋の中を見回している。そんな彼の目を盗んで、ドア近くのボタンを操作する。すると、天井から彼を隔離するようにしてセラミックの防壁が下りてきた。
「……どういうつもりだい」
「貴方は誰?」
隔離された状態の彼はそう言った。まるで雲雀恭弥の口真似をしてるみたいに。
「僕は」
彼は口に出しかけてニヤリと口端を吊り上げた。本人には似つかわしくない下品な顔だ。「気づいていたのか」穏やかな声色もガサツなものに変わってゆく。
わたしは雲雀恭弥を知っている。雲雀恭弥はわたしと握手なんかしないし安っぽいコロンなんてつけない。わたしが案内役なのは幻覚を見破るセンスがあるから。不審人物をこうして隔離することができる。幻覚を見破られることを前提で、昔ながらの方法で雲雀恭弥に化けて来たこの男はどこの誰なのだろう。
「こんな防壁、壊してやる」
「無駄ですよ」
匣兵器を取り出す彼をモニターから眺めていると指輪に炎を灯したのでまたボタンを押した。炎が上空に吸い込まれるように消えていく。唖然とした男にそっと話しかける。
「ここは匣兵器の実験場。壁はナノコンポジットアーマーですし、炎は出たところから吸い上げられる。暴走した兵器の処理も行っています。人間には試したことありませんけど。正体を話してくれないなら仕方ありませんね」
「ま、待てっ!」
何を想像したのだろう男は焦り始めた。もちろんいろんな処理方法があるけれど。わたしは催眠ガスのスイッチを入れた。
「なんだ、眠らせてしまうのか」
「あら、来たのならもっと早く言ってくれればよかったのに」
わたしの背後に雲雀恭弥が立っていた。今度は本物の。
「ここの研究所で暴れられるのはここだけだろ。だから後をつけてきたのに。君がさっさとこの男を閉じ込めてしまったから」
「だって危ないでしょう。あなたを名乗る不審な男よ。噛み殺したかった?」
「いや、いい」
モニターを覗き込むためにわたしの顔の真横に近づいた雲雀から良い香りがする。そう、この香りだ。あんなのとは全然違う。飛びつきたくなるくらいどうしようもなくなる、でも許してもらえるかわからないからできない、そんな香り。思わずじっと見つめれば「何」と見返される。
「いえ、早くおつきになったなぁと」
「君が午前中に予定変更したのかなんてチャットを送ってくるから。夕食を食べようって話したんだからそんなに早く来るわけないだろ」
そう、この研究所の皆には内緒の話だが、わたしたちは今夜ディナーの予定なのだ。
「どうします? あなたを騙った不審人物」
「どうでもいい。君が見破ったんだ。そっちの上官に任せるよ。それより早く行こう。今日は新しいものがあるんだろう。楽しみだ」
ふ、と笑みを浮かべる彼とわたしも同じ気持ちだ。最もわたしが楽しみにしているのはディナーの方だが。
「では行きましょうか」
表情を引き締めて、強化ルームを出る。
だって秘密だから。今夜のことも、今後のことも。
はやくあなたのいちばん近くで息をするいきものになりたい。
2022.9.5
#復活夢版ワンドロライ1本勝負
に参加させていただきました
お題「内緒話」
ひそひそ、こそこそ、そこそこ大きな内緒話。
業務中、クリーンベンチから視線を上げた時だった。同僚がラットの入ったカゴをデスクに置いて言った。なんでも、ロビーの打ち合わせコーナーで時間を潰しているらしい。そうでしょうね。午後からの来訪のはずなんだから、ランチにでもご案内されるんだろうか。わたしはひと段落した仕事を置いて、スマホからチャットを送った。
ここは、某国に存在する反民間反半社の研究所。主に生物兵器に関しての研究を行っている。雲雀恭弥は出資者の一人である。雲雀恭弥とは世界有数のマフィアの最強の守護者だとか、そうではないとか、噂されている日本人だ。白衣の同僚たちはゴリラのような屈強な男だろうか、チャイニーズの映画に出てくるような武闘家だろうかなんて言っている。そんなかわいいもんじゃない。
わたしは施設内を案内する予定だ。案内すると言っても見せられる範囲内、来訪客が入れる範囲内だが。実際にクリーンルームなどには入ってもらうわけにはいかない。だいたい見学してわかるようなものじゃないだろう。雲雀恭弥の専門分野からは外れる筈だ。
◇
わたしが早めのランチを終えたタイミングでロビーの雲雀恭弥を迎えに行った。ヒバリ、呼びかければ男が顔をこちらに向けた。引き締まった体で、艶やかな黒髪の男。周りの筋トレマニア達とはふたまわりほど細身で優男という印象を受ける。
「早かったですね」
「君のほうこそ」
右手を差し出せば当たり前のように握り返される。大きな手がに包まれて、一瞬で離れていく。フワッと香るフローラルに違和感を感じた。
では、とエレベーターに乗り込み、施設を歩き回る。変わりないか、変わらないよと冗談を交えながら。
「細菌研究についてはロビーで聞いたと思いますが、日夜ワクチン研究に励んでいます」
「細菌兵器を作ってるわけじゃなくて? ブラックマーケットで売り出せばひと財産だ」
「まあ、そういうのも培養してますがあくまで対抗する手段を研究するためです。わたしたちがしているのは命を救うための研究。在庫管理も抜かりありません」
「ふうん。そう」
なんだこの人。監査にでも来たのか? なんだか含みのある彼の言葉を聞き流して、研究室までやってきた。
「静脈認証なんだね」
「虹彩認証や声紋認証が時に役に立たないのはご存知の通り。目に見えるものや聞こえるものは幻覚使いがいとも簡単に偽造できてしまいますからね」
「厄介だ。術師どもは」
「まったく、いい迷惑ですよ」
虹彩認証のシステムは設置されているが今は使われていない。ただの飾りである。
手のひらをかざせば、ロックが解除され、扉が開いていく。
「やけに広いな」
「ええ、まあ」
彼が部屋に侵入したのを確認してわたしは一歩下がる。彼はホールと言っても過言ではない部屋の中を見回している。そんな彼の目を盗んで、ドア近くのボタンを操作する。すると、天井から彼を隔離するようにしてセラミックの防壁が下りてきた。
「……どういうつもりだい」
「貴方は誰?」
隔離された状態の彼はそう言った。まるで雲雀恭弥の口真似をしてるみたいに。
「僕は」
彼は口に出しかけてニヤリと口端を吊り上げた。本人には似つかわしくない下品な顔だ。「気づいていたのか」穏やかな声色もガサツなものに変わってゆく。
わたしは雲雀恭弥を知っている。雲雀恭弥はわたしと握手なんかしないし安っぽいコロンなんてつけない。わたしが案内役なのは幻覚を見破るセンスがあるから。不審人物をこうして隔離することができる。幻覚を見破られることを前提で、昔ながらの方法で雲雀恭弥に化けて来たこの男はどこの誰なのだろう。
「こんな防壁、壊してやる」
「無駄ですよ」
匣兵器を取り出す彼をモニターから眺めていると指輪に炎を灯したのでまたボタンを押した。炎が上空に吸い込まれるように消えていく。唖然とした男にそっと話しかける。
「ここは匣兵器の実験場。壁はナノコンポジットアーマーですし、炎は出たところから吸い上げられる。暴走した兵器の処理も行っています。人間には試したことありませんけど。正体を話してくれないなら仕方ありませんね」
「ま、待てっ!」
何を想像したのだろう男は焦り始めた。もちろんいろんな処理方法があるけれど。わたしは催眠ガスのスイッチを入れた。
「なんだ、眠らせてしまうのか」
「あら、来たのならもっと早く言ってくれればよかったのに」
わたしの背後に雲雀恭弥が立っていた。今度は本物の。
「ここの研究所で暴れられるのはここだけだろ。だから後をつけてきたのに。君がさっさとこの男を閉じ込めてしまったから」
「だって危ないでしょう。あなたを名乗る不審な男よ。噛み殺したかった?」
「いや、いい」
モニターを覗き込むためにわたしの顔の真横に近づいた雲雀から良い香りがする。そう、この香りだ。あんなのとは全然違う。飛びつきたくなるくらいどうしようもなくなる、でも許してもらえるかわからないからできない、そんな香り。思わずじっと見つめれば「何」と見返される。
「いえ、早くおつきになったなぁと」
「君が午前中に予定変更したのかなんてチャットを送ってくるから。夕食を食べようって話したんだからそんなに早く来るわけないだろ」
そう、この研究所の皆には内緒の話だが、わたしたちは今夜ディナーの予定なのだ。
「どうします? あなたを騙った不審人物」
「どうでもいい。君が見破ったんだ。そっちの上官に任せるよ。それより早く行こう。今日は新しいものがあるんだろう。楽しみだ」
ふ、と笑みを浮かべる彼とわたしも同じ気持ちだ。最もわたしが楽しみにしているのはディナーの方だが。
「では行きましょうか」
表情を引き締めて、強化ルームを出る。
だって秘密だから。今夜のことも、今後のことも。
はやくあなたのいちばん近くで息をするいきものになりたい。
2022.9.5
#復活夢版ワンドロライ1本勝負
に参加させていただきました
お題「内緒話」
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