お似合いですよ、


 頑張ってもどうしようもないこともある。
 努力だけではどうにもならない不幸が、この世にはある。自己責任だ、他にしようがあった筈だ、もっと頑張ればできたとか言ってくるやつは結局恵まれているのだ。そして恵まれていることに気付かない。
 ああ、でも、今回ばかりは自分の責任だ。
 この世界では判断のひとつひとつが命取りとなる。
「雲雀さん! 雲雀さん! しっかりしてください!」
 雲雀が撃たれた。
 それも、自分を庇って。
 狙撃などトンファーで撃ち落とす雲雀が、だ。


「罠かもしれませんよ。本当に行くんですか?」「罠なら全員殺せばいいよ」止めはしたし、出来る限り向こうに分かりにくいルートで雲雀を案内した。
 油断も隙も無かった。はずだった。





「ねえ、………ダメ?」
 白く嫋やかな手を撫でながら、男は女の耳元で囁いた。その美男のブロンドがクラシックなレストランの照明にきらきら輝いている。さながら映画のワンシーンのようで、見ていた若いウエイトレスがうっとり頬を染め上げた。
 しかし、女は毅然とした態度を保ったまま答えた。
「ダメっていうか、イヤ」
「嫌かー、傷付くなあ」
 撫でさすっていた女の指から、さりげなくマリッジリングを抜こうとした男は、手をはたき落とされて肩を落とす。断られたことすら慣れた様子で、傷ついた気配など微塵もない。
「本当に何かしたらカレンに言いつけてやるから」
「それは、ほら……勘弁してよ。あーあ、小さい頃はあんなにエディ、エディ、って甘えてきてくれたのに」
「カレンと子供できて結婚したくせに!」
「君が恭弥に惚れた方が先だったよ」
 エディは紅茶の底に沈んだ茶葉を眺めた。食事を終えるとすぐ席を立とうとした女を止めるために、わざわざ向かいから横に移動したが、女はそれも冷たい目で見ていた。
 本来ならもう用事はないのだ。するべき話はレストランに来る前に済んでいるし、食事とおしゃべりも終わってしまった。そろそろ引かないと、本当に機嫌を損ねてしまうだろう。
「出ようか」
「ええ。………約束、ぜったいよ」
「もちろん。特等席をご用意するよ、お姫様」
「それやめて、もうそんな年じゃない」
「俺にとってはいつまで経ってもお姫様だよ」
 店を出ると背後に視線を感じた。エディは気づかないフリをして、隣の女にだけ聞こえるように言う。
「恭弥の部下はずいぶん仕事熱心な子だね」
 それだけで十分伝わった。彼女はエディのコートを掴んで甘えるような仕草をしてみせる。思っていたよりも楽しい仕事かもしれないと、エディは思った。





 『決行は今夜』

 ソフィア・ムーアの指定した別宅は郊外の一角にあり、ちょっとした林に囲まれている。それより前には倉庫街、公園、エトセトラ。昼間のうちに手配しておいたボンゴレの所有する車を使って向かう。
 運転は道を知っている自分が、隣の雲雀には交渉を担当してもらう予定だった。ボンゴレの交渉担当として他の人物を連れてきた方が良かったのではと思わずにはいられない。風紀としての利益を考えるなら草壁の方がいい。
 雲雀にはソフィアの居場所を先に伝えてある。道は、走りながら説明すれば良い。
 いつものように自分が生意気な口で話すのを黙って聞いていた雲雀が、突然座席から背を離し、ハンドルを奪った。次いで自分の足の上からアクセルを踏んづけられる。
「えっ、ちょ……!」
「っ…!」
 雲雀が呻き声を上げるまで何が起きたかわからなかった。
 不意に風を感じた。何かが防弾装備の車の装甲を貫いて穴を穿っている。ただの武器ではない。周囲に隠れて狙撃できるような建物も、なかった。
 凶弾は雲雀の脇腹を引き裂いたらしく、車の中が血の匂いに満ちる。
「雲雀さ、」
「いいから、車走らせて」
「……はい」
 スピードを上げて道路を走る。追撃は今のところ無いが、雲雀の呼吸が乱れ始めた。自分には手当ての心得がある。死なないから心配するなと雲雀は言ったが、無理だ。それに、車は止めざるを得なかった。道にトラップがかけられていたから。
——マキビシとか、ニンジャリスペクトかっての。
 雲雀に肩を貸して車を下りる。血の跡は、蝶に消させた。
 木に囲われた倉庫街を抜けた先がソフィアの屋敷に繋がる道だ。罠かもしれないにしても、雲雀の手当ては必須だった。
 倉庫の影のひとつに雲雀を腰掛けさせ、ライトで傷口を確認すると然程深くない。出血量も多くない。これなら自分でも手持ちのもので治療できる。だがおかしい。流した血の量にしては雲雀の力の抜け方が異常だ。呼吸も浅い。
「まさか」
 毒、か? 麻酔と毒の関係まで獄寺さんに聞いておくべきだった。一般的な毒に効く解毒剤はあるが、麻酔との相性が微妙だ。このまま治療して痛みで暴れられると困る。悩むうち雲雀の意識が沈んでいくのを感じた。
 時間はない。
「すみません、雲雀さん。あなたはこの力が嫌いかもしれないけど」
 自分たちの姿を隠すのに使っていた蝶を呼び戻し、追加で命じる。
 幻覚の強さは信じる力の強さだと霧の守護者は言った。

 雲雀に幻覚による麻酔をかけた。——麻酔がかかった状態と錯覚させているだけだけど。
 素性のわからない敵と上司に幻覚を使いながらの作業は困難をきわめた。けれどここが正念場だ。
「ここで死んでもらっちゃ困りますよ。雲雀さん………」
——今度はどうか、間に合って。





 私がまだティーンで、アメリカで暮らしていた頃のこと。
 その日ハイスクールから帰ると誰の返事もなかった。
 私は母と2人で暮らしていた。
 決して裕福ではなかったし、苦労もあった。でもその頃はそれが普通だと思っていた。
 コーヒーの香りがするから、母も帰っているのだろうと思ったのに。トイレでも行っているのか。
 そう思いながらリビングに入れば、床に茶色い液体が撒き散っていて、マグカップの取っ手がおもちゃみたいにころんと落ちていた。
 母はソファに横になっていて、テラコッタ色のブランケットをかぶっている。
「母さん?」
 顔は見えないのになぜか寝ているようには見えなくて、嫌な気配が肌を粟立たせた。一歩近づけばコーヒーのアロマに血の匂いが混じる。
「!」
 2階に誰か居る。階段を下りてくる足跡が聞こえる。
 キッチンに駆け込んで、シンクの下の収納を開けた。収納の天井にくっつけるように仕舞ってあるそれを取り出す。トリガーのロックを解くと、リビングに誰かが侵入した。
「出〜てお〜いで〜子猫ちゃん。今なら楽にお母さんと同じ場所に送ってあげよう」
 その言葉に、頭に血が上った。キッチンから飛び出して銃の引き金を引く。母と同じ歳くらいの耳の大きな男だ。その男は髭面を引き締め目にも止まらぬ速さで私と同じように銃を構えたけど、弾は私を逸れていった。母が男のスーツの裾を引っ張ったからだ。私の放った弾は男の眉間に吸い込まれるように飛んでいった。
「母さん!」
 男の死体をどかして母を支える。血の匂いがするはずだ。あちこち傷付けられていた。救急車を、それより止血を、焦る頭で色々考えたけど母は苦しそうに喘ぎながら首を振った。母さんはもうだめだから、逃げなさい、と。でもと食い下がれば、震える手で致命傷だと示された。嫌だ、と思った。
「約束、していたでしょう……生きて。あなたは、生きなさい」
「ひとりに、しないでよ」
「時間が無いの、教えたとおりに、」
 母が話すたび命が零れ落ちていく。零れ落ちたものは鉛になって私の胸を圧迫していった。

「………母さん」




 ここはもうだめだ。
 やっと普通の暮らしができるようになったというのに。
 アメリカを出よう。
 たった1人の大切な家族のために悲しむ暇も、ない。
 男の死体から奪った分まで含めて全て顔に打ち込んでやった。スーツから抜いたスマートフォンは逃げがてら川に捨ててやった。
 そして私は母のカードで飛行機のチケットを大量に取って、自分のスマホで現金購入したチケットの飛行機に飛び乗った。
 せいぜい調べまわればいい。クソやろう共。




 パソコンでSNSを駆使しつつ、温かいミルクティーをすする。
 もしもの時のためにと言われた金庫の中に入っていたのは偽造パスポートと宝石と金だった。クレジットカードも入っていたが、恐ろしくて使えていない。
 結局、私は日本へと飛んだ。
 母が日本人だったからだ。
 日本語ならわかるし、この国でなら、殺されかければ警察に逃げ込めば良いと思った。
 宝石をひとつひとつ売りながら、宿を転々とした。しかし、いずれ金は底をつく。
 仕事につく為には身分証が要る。
 年齢を偽って、身体を売るか、悩んだ。悩んで、やめた。顔が割れる可能性のある仕事はまずい。この国で整形をするのにも金がかかるし、そんな金はもうない。
 それに、母と父の面影を残すものはもう私の顔しかないから、変えたくなかった。
 ネットカフェを利用しながら、金策と生き延びる道を探した。アメリカ人の血の混じった私は、成人に見えるらしく、そういう場所の利用には困らなかった。
「いつもここにおんね」
 シャワーを浴びて、借りたスペースに戻る時、声をかかられた。ナンパか? と顔を上げれば、若い男がこちらを見下ろしていた。
「いやぁ、えらいべっぴんさんやなぁ思て。——なぁ、困っとるんとちゃう?」
 ひと目でわかった。悪い男だ。
 それでもわかってついて行ったのは、華奢な体格の男だったから。いざとなったら勝てると思った。最悪、殺せばいい。
 男はクズミと名乗った。訛った日本語で馴れ馴れしく話しかけてきたクズミは、私を新しくてキレイな建物に案内した。そこには同じ様に行き場のない若者たちがたむろしていた。
 私をカウンターに呼び寄せたクズミは気楽に生きようと言ってコーラに指先ほどの大きさの塊を落とした。ドーナツ型のそれから気泡が沸くのをぼんやり眺める。
「かんぱーい!」
 クズミは声高らかに言い放った。
 私はコーラに落とされたそれがドラッグだと知っていて、クズミの前で飲んだ。
 それからクズミは、身の上を語り私の話を、親身に聞いた。不思議なくらい似た境遇に絆されそうになる。涙を耐えたフリをして席を立った。
「げほっ………ッ、ぁゔ………クソッ」
 あの後も酒を平気な顔して、あおって、トイレで吐いた。間に合うだろうか。安いドラッグがロクなもんじゃない事は知っていた。
 幼い頃、生きる為に母が売人をしていたから。ボロボロになっていくティーン達を愚かだと見下げていた頃が懐かしい。私は、今、そのティーン達と同じ年頃、同じ立場だ。
 私は、次いつ刺客を差し向けられるかわからない人間だから、頭と感覚が鈍るのだけは絶対に避けなければいけない。

 私はそれから、久住に言われるまま、心の弱った若者につけ込み、薬を売って金を貰った。日本の男は女をナメているからホイホイ釣れた。女の子も、同性ならと安心するのか同情し慰めれば付いてきた。楽な仕事だった。
 惰性で金を得ていたが、それもその日暮と変わりゃしない。
 また悩み始めた、ある日のこと。
 ヤクザの女をしてだらだらしていた私の元に再びクズミが現れた。
「なぁ……自分、あのときクスリ飲んでないやろ」
 バレていた。
「こんなカッコで寝てて襲われへんの?」
 事務所のソファで惰眠を貪っていた私のブラトップの紐をひっぱり上げながら、クズミは訊ねる。
「ありとあらゆる情報網使うてみたけど、アンタの素性は出てけぇへんかった。——何者なん?」
 丁度、事務所の親父さんの執務室には他に誰も居なかった。
 久住が持ち込んだ炭酸がパチパチはじける音だけ聞こえた。
「質問多くない? ここで私に手出すバカはもう居ない。何者かは、………前言ったじゃん。行くあてのない、家なき子だって。母と2人で暮らしてたって。アンタもそうなんでしょ。あれ? 嘘だったっけ? 五味? スレイキー?」
「おー、やるやん。どうやって調べたん。俺の知らん間に」
「おじさん達に聞いた」
 人脈を広げながら、チョロチョロ悪さをしていると色々情報が得られた。
「ネカフェの検索履歴に、JPOPの歌詞があった。おかあさんの事でも思い出しとった? かわええとこあるやん」
「きっもちわるいやつ」
「まあ、そう言わんと。一曲だけわからんかった。違うか?」
 そうだ。
 一曲だけどうしてもヒットしなかった。JPOPよくわかんないしとぶすくれてみる。久住は心底楽しそうな顔をして片眉を上げた。私の足の前に浅く腰掛けると、ノートPCをローテーブルに広げ、web検索ページを開いてこちらにも見えるようにした。単語が打ち込まれていくのを寝転がったまま眺める。
「みどり たなびく なんもりの。日本語はややこしいからな〜。みどりは緑、たなびくはおうとる。なんもりはナミモリや。並盛。ほらな」
 久住は言った通りの単語を適切な漢字で羅列し、検索をかけた。
 結果画面が表示された。
 上半身を起こして久住の肩から画面を覗き込む。
「並盛中学校………」
「の、スクールソングやって」
「ナミモリ」
 並盛はここから然程遠くない。交通機関を使用して半日かからずで行き帰りできる距離。
 そういえば。
「なんか親父さんたちが、『ヒバリが居ない今がチャンスだ』ってシマ広げるだの薬まくだの言ってた。今確か、料亭でその会議中」
「それほんま? 並盛か、っあー並盛か。あそこはあかんねん」
「何が?」
「そのヒバリっちゅーやつがな」
「へえ、そんなヤバいんだ」
「ドンパチするんやったら………遊び行くなら今のうちやな。な、俺と、今付き合うとる若頭さん、どっちが好き?」
 肩に肘を置いたままの私に久住が向き直る。両手で頬を包み込まれて、息がかかるほど顔が近づく。私はそれを身を引いて避けた。
「ふつーに今の人。クズミは私に興味無いでしょ」
「そんなことないけどなあ。残念やわ」
 全然残念そうじゃない久住は、ごそごそと自分の鞄を漁った。紙に包まれた男の手程の大きさのものを取り出して、ゆっくりローテーブルに置く。ガラスにぶつかってごとんと重たい音がした。
「プレゼント」
 久住が私に笑いかける。中身は見ずともわかった。
「………silencerないの?」
「銃見てビビリもせえへん。やっぱ只者やないな」
「どうかな。アメリカ出身だからわかんない。てか、ここのみんなも持ってんじゃん」
 日本だって一歩踏み込んでしまえば、闇がある。もっとも、暴力を生業としてきた連中は取締りの厳しさにつれ貧困に追いやられているらしいけど。
 久住が来る前からそうしていたように、ソファにごろんと横になると、久住の腕が伸びてきた。鼻と口を塞がれて、久住の腰で腹がソファの背もたれに押し付けられる。強制的に息を止められた。
 久住の顔にいつもの冗談めかした笑顔は無くて、透明な目に見下ろされている。
 私は、瞬きして、空気を取り込む口を塞ぐ手のひらの下で笑ってやった。おもしろくなってしまったから。すると、ぱっと手が離されて、目の前の男はハンズアップした。冷たい瞳をしながら、笑みかたはいやらしい。
「なぁ、人、殺したことある?」
「………………ある」
 確信を持った問いだった。聞いた久住がノートPCの方を向いたから、私も起き上がった。久住の後ろから腕を首に回して、背中に身体を押し付ける。背後から体重をかけながら、久住の耳元に声を吹き込む。
「私はあんたにマウント取られた状態から反撃して、首を折れるよ」
「………そか」
「ねえ久住。私、欲しいものがあるんだ」


 鼻歌を歌いながら歩く並盛は、ふっつーの街だった。近年できたらしい新しめな駅地下をのぞいて回って、その辺をふらふら歩いた。
 公園で泣いてる子供を見かけた。木にラジコンが引っ掛かったらしい。
「はい。ドーゾ」
「ありがとう! お姉さん!」
 木からそっと取り外して、子供に手渡した。笑顔でお礼を言われた。遠くの方で母親らしき人物が頭を下げたのを見て会釈を返す。
 穏やかな街だ。
 母もここにいたかもしれない、町。

 久住は、自分に都合の悪い人間を消せる殺し屋として私を使おうとしているらしい。小遣いをくれとねだったら、その愛嬌だけで生きていけると笑いながら私の手に10万円を乗せた。
 仕事の前金は口座ごと貰った。成功報酬は身分証一式と、経歴の偽造だ。
 手に入ったら、この町で母の縁を探しながら働いてもいい。とても良い気分だった。つい歌を口ずさむくらい。

みーどりーたなーびくーなーみーもーりのー

 天気の良い日だ。白い雲が秋の高い青空にぽっかり浮かんでいる。うららかな日差しが、頬を撫でていく。
 昼下がりの緑園のベンチで、コンビニで買ったサンドウィッチの封をピリッと開いた時だった。
「ちょっと音程が違うな」
 ぎょっとした。
 誰も居ないと思っていた背後から声がかかったから。
 振り返ると、背中合わせに置かれたベンチの反対側に黒髪の男が腰掛けていた。
「もう一回歌ってみなよ」
 えっ。なんで。
 言われたとおり口ずさんでみれば、やれやれといった様子で首を振られた。やっぱり少し違うという。男は「さあ、教えてあげな」と言った。その男以外に人間なんていなかったから、この男は何を言ってるんだと戸惑っていたところ、男の手元から小鳥が飛んできた。ベンチの背にとまった黄色い小鳥は歌い出した。——何この鳥と男。大道芸人には見えないけど。
 小鳥の歌った通りに繰り返せば、男は満足げな顔をして振り向いた。目の覚めるような色男だった。
「どうしてこの歌を知ってるんだい」
「身内が昔よく歌ってて」
「そう。じゃあその人は僕と同窓なのかもしれないね」
「そうかもしれませんね」
 背を向けながら会話してサンドウィッチを口に入れる。咀嚼していると、ざあっ、と風が吹いて、小鳥がベンチから飛び上がった。

ヒバリ! ヒバリ!
甲高い鳥の声が、そう呼んだ。


 ふざけるなよ。
 寝泊りしていた事務所に逃げるように戻って、久住に電話をかけた。
 心臓が早鐘を打つ。
 ヒバリの佇まいはとても静かだった。一見で強いとわからない人間の強さは別格だ。トカレフなんかで殺せる男じゃないだろ。あれ。
『どないしたぁ? もう殺れたん? あ、もしかして失敗した?』
「いいや、どういう人間かだけ見てきた………武器商人とか紹介してくんない? 銃じゃ無理だと思う」
 私の顔が向こうに知れた事は隠した。汗が噴き出した額を拭う。
『武器商人、武器商人なぁ、……ちょお待ってな』
 ゆったりマイペースに話す久住に苛立ちがつのる。それを気取られないように窓枠に背を預けて深く息を吸うと、轟音を立てて建物が揺れた。
「は?」
 次いで、ドドドドドと銃声が雨嵐のように降った。私が今がいるのは3階だ。ガラスの割れる音と怒鳴り声が下の階から聞こえてくる。
『あー…ああ、そこも終いかぁ。ほな、元気でな。生きてたらまた会お』
「はあ? ちょ、」
 通話はあっさりと切られ、かけ直しても繋がらなかった。
「あのヤロ」
 まあ、まず、それどころではないんだけど。
 表の通りに面す、窓のブラインドの隙間から覗いてみれば知らない黒い車が一台止まっていた。
 裏から逃げるか。この高さなら全然飛び降りられる。騒ぎがおさまったらまた見に来よう。
 階段の側の窓枠に足を掛けたとき、背中に今まで感じたことのない強い殺気を受けて、身体が硬直した。
「やあ、また会ったね」
 ヒバリが金属の棒状の武器から血を垂らして、階下に佇んでいた。
「逃げろ!」
 叫んだ組の若頭が、ヒバリに掴みかかる。ヒバリは自分より背丈の高い若頭をぬいぐるみでも投げるみたいに階段の更に下に蹴落とした。
「タツさん!」
 目の前で付き合ってる男にそんなことされたら私も黙っていられなくて、ヒバリに向かって行った。階段の一番上から踊り場にいるヒバリに蹴りを落とす。避けざまに振るわれた銀色の武器を壁に手をついて躱して、今度は持っていたトカレフで肩を殴りつけた。当たった! と、少し希望を取り戻した、次の瞬間からの記憶がない。
 翌日、私は清潔なベッドの上で目を覚ます。




 処置が終わった。
 こんなことで死ぬような男ではないから大丈夫だろう。
 この力をあの時持っていればと今でも思う。
「痛み止めです」
 針を雲雀の腕に刺すと、雲雀が注射器を持つ腕を掴んだ。まだ蝶による幻覚麻酔が効いているはずなのに。
 灰色の目は力強く自分を見返していた。その目は野生の獣のように鋭くなり、注射器を奪って自分の背後に投擲した。低い悲鳴が上がる。
——つけられていた! 幻覚を見破れるほどの手練れだ。
 すぐに悲鳴の上がった方向目掛けて、弾丸を放つ。暗闇の中確かに肩を撃ち抜いたのを確認して駆け寄り、相手の武器を蹴り飛ばした。やはり、見たことのない銃だ。炎を含む特殊弾の装填できる最新型だろう。ニット帽からはみ出た福耳が血で濡れていく。顔を確認したけど、知らないやつだった。自分よりも若そうな男。
「雲雀さん! 立てますか?」
「誰に聞いてんの。平気だよ」
 歩き出した雲雀に続いて、倉庫の間を抜ける。雲雀がちゃんと動けることを確認して、幻覚を解除した。

 倉庫の間にトラックが出入りするための広場がある。ひらけた空間に歩み出ると、そこら中から殺気を感じた。ざっと数十名に取り囲まれている。
「Kill him now!」
 その中のひとり。男が野太い声で号令を上げる。
 彼らは、自分達の姿を確認すると一斉に武器を構えた。灯のない郊外が6色の炎で照らされる。乱れて汚されてばらばらになったファイヤーフラワーが倉庫の間中から溢れ出した。
 雲雀は自分の前に立った。
 自分は右手にリングを追加して、武器を取り出す。
「球針態」
 雲雀がひとこと言い放つのと一緒に、銀色の球体が発生した。雲の炎を帯びたそれからは鋭い針が生えていて、瞬く間に増殖した。視界を覆い尽くすまでになったそれに、倉庫の壁に追いやられる。
 針の隙間と匣兵器の間に閉じ込められてしまった。
 反応する間もなかった。

「はあ? え、ちょっと! ヒバリさん!」


 *


 目が覚めて一番初めに見たものは、白い天井だった。
 ピッピッピっと規則的に電子音が聞こえる。
「あら、起きたわね」
 女性がわたしの顔を覗き込んだ。緑の瞳の綺麗なひとだ。長い髪を押さえながら私の眼球を確認している。
「ここはどこ」
「もう喋れるの。あなた、とっても丈夫ね」
 ここはとある組織の地下施設、その医務室だそうだ。女性の名前はビアンキさん。
 私は、あの後ヒバリに殴られて意識を失い、ここに運び込まれたらしい。ビアンキさんはヒバリが引きずって来たと言っていた。どおりで足が痛むはずだ。
「ヒバリが手加減せずに殴って生きてるのって奇跡みたいなものよ」
 そうなのか。最後、攻撃を躱し損ねたことしかわからなかった。目に捉えていた銀色は、避け切れる速度ではなかった。
「後でここのトップが来るわ。こんな状態の時に言うのも酷だけれど、自分の進退を考えておきなさい」
 ビアンキさんがそう言って部屋を出ていく。進退、か。私の前にどんな道があるというのだろう。ヒバリがここに連れてきたということは、彼がいる組織なのだろうし。私はヒバリの命を狙っていた。失敗どころか未遂に終わったけど。
 それでも、生きられる、道を。
 久住に義理立てする気もない。
 しばらくして、部屋の扉が開いた時、現れたのはブラウンの髪の優男だった。優男だったけど、間違いなく強者だ。
「はじめまして、オレは沢田綱吉。ボンゴレっていうマフィアのボスをやってるんだ」
「マフィア!?」
「あ、あんまり動かない方が、ヒバリさんに頭殴られてるんだよ?」
 驚きで浮きかけた身体を優しくシーツに押し戻される。沢田綱吉と名乗った優男は、困ったように笑った。
「調べたところ君は行く宛てもないみたいだし、オレとしても未成年の女の子を放り出すのも忍びないし、よかったらうちでバイトしない?」


 *


 雲雀の増殖した匣兵器はびくともしない。針と針の隙間に閉じ込められている間中ずっと戦闘音が聞こえているから、まだ雲雀は倒されていないし、敵方もそこのそこの人数残っているはずだ。
「仕方ないな」
 匣兵器がダメなら体を押し付けられている倉庫の方を破壊するまでだ。幸い雲雀の匣兵器が既に倉庫に穴を開けているからそこを破壊の起点とした。
「嘘」
 やっとのことで抜け出してみれば、殆どの敵が砂利の上に転がされていて、そこら中血の海だった。雲雀は3人に囲まれている。というか、もう敵は3人しか残っていない。——雲雀さんが強いのは知っていたけど、こんな、圧倒的な………
 自分も仕事をしなければ。男たちが高速で武器をぶつけ合うところ目掛けて銃を撃つ。
「チッ!」
 外した。
 雲雀がトンファーを振るうとかろうじて残っていた奴らも粗い砂利に倒れる。号令を出した最後の1人まで、地に伏した。

 総勢70名のギャングを 雲雀はたった1人で倒してしまった。

——倒されてしまった。

——彼らの前で雲雀を殺すはずだったのに!

 雲雀がゆっくりとこちらを振り返る。トンファーから新鮮な血が滴っていた。

「今ならまだ、襲ってきたギャングを倒しただけ。ということにできるよ」
「……何を、おっしゃっているんですか?」
「しらばっくれなくてもいい。僕が気付いていることに、気付いているだろう」
「それは、もちろん。ヒバリさんの部下ですから。でも、そのご提案は聞けません」

 もう、手遅れだから。
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