五条悟の従姉妹に生まれた
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呪力を飛ばす。適当に持ってきた刃物で呪霊を刺す。切る。裂く。
入学したばかりの1年生の実力試しを兼ねた任務。4級から3級の雑魚呪霊の群れを、祓って。祓って。祓って。
「ふぅ」
麗の担当分は完了した。灰原も七海も今のところ危なげなく呪霊を祓っている。ありふれた廃ビルに染み付いた、自殺者の出る程のブラック企業の成れの果て。
「あっ! 麗! 危ない!」
気を抜いたと見えた麗に向かって呪霊が飛んでくる。麗は一瞥と一閃をくれてやった。呪力を放っただけで消えてくれる。それほど低級の呪い。目の前の人間の力量もはかれない。知能の低い呪いだった。
駆け寄ってきた灰原に大丈夫だよと微笑めば、ほっとしたように肩を撫で下ろした。最後の呪霊を七海が祓い、帳が上がる。
「さっきのが無下限呪術?」
ビルの敷地を迎えの車に向かって歩きながら灰原が訊ねる。麗に飛びかかった呪霊は、彼女の寸前で消えたように見えたからだ。麗は違うよ、と首を振った。
「わたしが無下限呪術使えるって誰に聞いたの?」
「五条さんだよ。同じ術式だって」
「あー……悟くんね。わたし、術式使えないの」
「そうなの!?」
ただ聞いていただけの七海も驚いたようにこちらを向いた。
「わたしができるのは呪力を飛ばすこと。武器に流すこと。あと、シン・陰以外の結界術がひと通り。体術も仕込まれたけど得意じゃないし。同じ術式を持ってるからって悟くんと同じパフォーマンスをわたしに期待しないでね。できないから」
「そっかぁ。わかった!」
明るく力強く、灰原が答える。
建物を出れば、夕陽が目に染みた。
補助監督が、3人の無事を確認し手を振ってくれる。
負傷も無いよと灰原が大きく手を振り返した。麗もひらひら手を振って、七海は会釈した。
麗を先頭に車に乗り込む。真ん中の灰原を挟んで七海が最後。補助監督の労りの言葉を聞きながら、発進する車の揺れに身を任せる。灰原と七海は麗が術式を使えないというのが気になっていたが、今聞かなくてもいいかと疲労感に浸る。沈黙が広がるが、気まずくは無い。1年生3人は既に十分打ち解けていた。灰原の人の善いところを見るという人間性と、人懐こい麗、生来生真面目な七海の3人は余計なとげを作ることなく、すんなりと仲間になった。
ふと、麗の頭がうつらうつらと揺れ始める。任務をこなして、慣れない車の長時間移動で疲れていたのだ。窓にこつんと頭が当たる前に、灰原が自分の方に引き寄せた。今にも頭をぶつけそうな勢いに見ていられなかった。一瞬、触れられて目を開けた麗だが「ありがとう」と呟いて灰原の肩に頭をあずけた。七海はちょっとだけ引いた。
灰原は自分の肩で眠る麗からシャンプーか何かが香るのを感じながら、天使のような寝顔を眺めた。たぶん、男癖が悪いというのはこの顔で無邪気に甘えてくるところにあるんだろう。男女の距離感を間違えると、勘違いする人間も居るから。
2級術師として入学した天才で、御三家の娘。でも体力はおそらく男の灰原よりは無い。灰原も七海もこれからまだまだ強くなるし、そのうち階級も追いつく。いざという時は守ろうと庇護欲を刺激されながら、灰原も眠りに落ちた。七海は起きていようとしたが、運転の上手い補助監督のおかげで、車の揺れに負けた。
◇
「歌ちゃんと連絡がつかない?」
「そう。ていうか歌ちゃんて」
カシカシとケータイのボタンを押す硝子の横で、談話室のソファをひとりで占領した麗が顔を上げる。
「歌姫センパイその呼び方怒らない? 五条はいつも呼び捨ててキレられてるけど」
「ううん………どうだろ。在学期間被らなかったし、しばらく会ってないからわかんないや。悟くんが嫌われてるのはあれじゃん。生意気だから。わたしの方が可愛げあるし、許してくれるんじゃないかな」
ポジティブシンキングに五条家の血筋を感じる。しかし言ってることがわからんでもない。悟と違って麗は尖ってないし、煽らない。喧嘩の自動販売機みたいな悟のような言動はしない。
硝子はやはりおかしい、と立ち上がった。電話も通じない。任務に出かけてから1日半も経っているのに。歌姫から1度も折り返しがない。メールも返ってこない。
「歌姫がなんだって?」
そこに悟と連れ立って夏油が現れる。硝子はことのあらましを説明した。
「よし。じゃあ助けに行ってやっか」
「そうだね。そんなに連絡がないなら心配だ。冥さんが一緒で、解決しない任務ならどうせ私たちに回ってくるだろうし」
「歌姫センパイが心配だし、私も行く。怪我してたら治せるし。今、他に患者居ないし」
話は決まった。
悟が誰かに電話をかけ始める。担任か補助監督だろう。麗は行ってらっしゃーいとゆるりと手を振った。うつ伏せにソファに寝転んで膝下をゆらゆら、スカートの中が見えそうで見えない程度にまくれている。夏油はさりげなくブランケットをかけてやった。ありがとうと微笑む麗の顔は、悟に似ているが、悟よりも柔らかくて思わず手が伸びた。可愛くてつい頭を撫でる。絹糸のような手入れの行き届いた髪の毛が手のひらに心地よい。麗は嫌がらない。
たぶん、そういうところだ。と夏油は思う。
◇
歌姫たちは無事救出されたと任務先で聞いた麗は、ニュースで流れてきた浜松市での爆発事故に失笑した。悟たちが歌姫を助けに行った場所だ。帳はどうした。悟が先走ったのだろうか。
「五条さん。今回の任務ですが」
「麗って呼んで。紛らわしいから」
「はい」
補助監督が恐縮したように返事する。態度からして、家系からこの業界に入った人なんだろうなと麗は推察する。御三家とその他大勢の呪術師の間には、確かな隔たりがある。一般社会から入ってきた人間にはわからない、しがらみのようなそれ。
「麗さん単独の予定でしたが、砂上さんが合流されます」
「わたしだけじゃ力不足ってこと?」
「いえ、任務地が近いと知った砂上さんがそのままこちらに向かわれるそうです。補助監督も増えますから、呪霊を探す目も2倍。安全に終えて帰りましょう」
「………そう」
沙希のおせっかい。でも、嫌じゃない。補助監督は男性だから、ホテルは別部屋だったし。呪霊の居るとわかっている地での1人寝は心許ない。麗自身の結界術か優れているとはいえ、実戦はまだまだだ。せめて無下限を張ることだけでもできたなら、もっと違っただろうに。
沙希は1時間ほどでやってきた。本当に近くだったらしい。
ご当地メニューの有名なレストランで昼食を取りながら作戦会議をする。
「ほかの一年生の子たちとは上手くやれてます?」
「うん。仲良しだよ。灰原がめっちゃいいこで」
「ああ珍しいですよね。ああいう子。この業界みんなイカれてるから。私も灰原見てると癒される。逆に大丈夫かって心配になるくらいにいい子」
麗と沙希の会話に、補助監督たちもうんうんとうなずく。
「五条さんの、あ。麗さんじゃない方ですよ? の後だと余計にいい子だなぁと思いますよ。ずっと1年生の担当がいいです」
「そんなこと言ってられるほど余裕がないのも私たちの仕事ですがね。気持ちはわかります」
悟は補助監督たちにも扱いづらいものと思われているらしい。麗に対する補助監督のよそよそしさやビビった態度も悟のせいな気がしてきた。
「麗さん。好き嫌いは百歩譲って許すので量は食べてください。成長期ですよ。私のおかずもあげるので。ちゃんと食べて。身体が資本です。ただでさえ細っこいんですから」
「沙希、ママみたい」
沙希の皿に苦手なものをうつして、かわりに麗の好きなものを貰う。
補助監督たちは微笑ましく見守った。彼女らはまだ、子どもなのだ。
残穢を辿って。噂を聞き込んで。数日かけて呪霊を見つけ出した。呪霊の階級は2級相当であった。怪我もなく祓い終えた2人は同じ車で高専に戻った。
麗のケータイには「任務で沖縄行って来るね! お土産は何がいい?」と灰原からメールが届いていた。
戻りが1日遅くなる。と追加で連絡を貰った頃、麗は長期任務明けで疲労し寮の布団の中に居た。沙希に叩き起こされて、ご飯を食べさせられる。
今日は窓から一般科目の授業を受ける予定であった。
ケータイを開けばメールが何通か。灰原と一緒に七海も沖縄に行っているらしい。悟からは海をバックにした自撮りが送られてきている。
「いいなぁ。沖縄」
「いや麗さんたぶん今沖縄行ったら倒れますよ。暑くて」
味噌汁を飲みながらぼんやりと言う麗の髪の毛を梳いてやりながら沙希が言う。
「でもいいよな沖縄。泡盛買ってこさせよ」
硝子は同期2人にお土産のおねだりメールを送ろうとしている。そういえば、灰原からお土産のリクエストを聞かれていた。
「沖縄の美味しいお菓子って何かなぁ」
「甘いのもしょっぱいのもひと通りって頼んでおけばいいと思うよ」
「そうするー」
「お菓子もいいですけどしっかりごはんも食べてくださいね」
「はぁい」
気の抜けた返事。
「沖縄にも呪霊っているのね」
「いや? そうじゃないらしいよ。極秘任務だから詳しくは聞いてないけど」
「そうなの?」
「麗さん、喋ってないで食べないと遅刻しますよ」
いつもと変わり無い日だった。麗や、極秘任務に関わる一部の人間以外にとっては。
◇
高専のアラートが鳴り響いたのは、授業中のことだった。
お土産が楽しみだと言う麗ににこにこして線形代数の解説をする男は、普段、大学で教鞭をとっている。
麗は、緊急事態に身を竦める窓の男性の周りに結界を張って、動かないように言い含めると、隣の教室に向かった。硝子が居るはずだった。からりと戸を開ければ、硝子が医術書を閉じて警戒態勢を取ったところだった。
「何事……?」
「わかりません」
「夏油と五条の喧嘩じゃなさそうだ。とりあえず夜蛾先生に………っ」
「!」
ぶわり。
教室の窓の外に視界を覆い尽くすほどの蠅頭。
低級の呪いは壁をすり抜ける。
麗は群がって来る蠅頭に呪力を投げたが、キリがないと判断して硝子を振り返る。硝子は蠅頭を祓いながら電話をかけようとしていた。硝子と麗の周りに蠅頭が入ってこれない結界を張る。何処からか、地を削るような轟音が聞こえる。足元から響いてくるような。高専の中で戦闘が行われている。この様子では隣の教室に置いてきた窓の男性もパニックになりかねない。一度隣の教室に戻って、男性に声をかけ、結界の強度を上げる。沙希も駆けつけ、夜蛾も職員室からやってきた。沙希は呪霊を祓う力のないものの保護を、硝子は夜蛾に連れられてどこかへ。麗は蠅頭を一掃すべく広い運動場を目指そうとしたが、夜蛾から高専の結界の入り口に向かうよう指示された。まさに轟音が鳴り響いて来た方向だった。
自分の数歩先の視界を確保できるような結界を保ちながら、目前の蠅頭を祓いつつ向かった先、目の前の地面が抉れていた。合った筈の建物も無くなっている。残穢は悟のものだ。おそらく蒼の使用跡。何処からか血の匂いがした。負傷している人間がいる。呪力を空中に飛ばし、蠅頭を祓って結界を広げる。数が多くてキリが無い。
結界を広げた先に怪我人の血痕を捉えた。蠅頭に群がられている。辿って見れば誰かが血塗れで倒れ伏していた。結界を広げ、蠅頭を退けて気付く。
そんなはず、ない。
だって、彼は最強だから。
「………悟、くん……?」
夥しい血の量。隙間に覗く、常ならば紫色に透ける白い髪が赤く染まっている。その血の海に膝をつく。悟がやられる筈がない。強いから。誰よりも強いから。悟の特別な目が彼に危険を知らせなかった訳がないのに。
麗の持ち合わせなかった六眼。無下限術式と抱き合わせて、術式を十全に扱えるようにするそれ。悟がやられた相手に、麗は勝てない。身が竦む。せめて無下限だけでも張れればと思う。できなかったが。張った結界の内側にもう一枚結界をつくり、麗は悟の身体に震える手を伸ばした。暖かい。血がつくのも構わず心臓に耳を当てた。
とくん とくん と心音が聞こえる。
生きてる。
良かった。本当に良かった。
「悟くん……悟くん!」
ぱち、と悟が目を開く。麗はケータイを取り出して硝子に繋いだ。途端、ゆっくりと起き上がった悟が麗のケータイを奪う。
「あ、俺。夜蛾センから聞いた? あそ。じゃあそっちは頼むわ。俺はヘーキ。じゃあな」
通話は切られてしまった。
「平気って、血の量じゃ」
「だぁいじょうぶだって」
泣きそうな麗の白い頬を撫でてやれば悟の血で染まった。悟は、麗の頼りない肩を掴んで一緒に立ち上がる。
自分よりひとまわり小さい頭を抱え混むようにぎゅうと抱きしめてやる。
「生きてるだろ」
「……うん」
麗が悟の胸に顔を埋めて返事をする。
悟は片手で掌印を結ぶ。
ただただ、気分が良かった。
今ならきっと、なんでもできる。
「……術式反転 "赫"」
悟の声を拾った麗の結界ごと背後の蠅頭が弾け飛んで行く。麗は愕然として悟を見上げた。悟は麗を見ていなかった。どこか遠くを見ていて、瞳孔が開いている。触れた身体が熱い。
悟は恍惚として、麗の身体の向きを変えさせた。
「蒼の掌印はわかるよな」
「え、うん」
でも、を言う暇は無かった。悟が麗の腕に手を添える。
自分よりちょっと離れたところ、あの辺がいいかな。あの辺の蠅頭狙いな。呪力を流して、引き寄せるイメージで。一気に開放する。
"蒼"
蠅頭が見えないブラックホールに巻き込まれるが如く、点に吸い寄せられて大きな球体を描き、消滅した。確かに麗から流れ出た呪力だった。今まで、一度も撃てたことのない蒼。技の規模も敵へのダメージも大きいのに呪力量の減りは少ない。これが、術式を使うということ。今までどんなに頑張っても出来なかったことなのに、悟の補佐だけで撃てた。麗の中で何かが奔った。その感覚の余韻に浸る間もなく、悟は麗を置いて去っていった。
麗は悟の血塗れになった髪の毛を見下ろして、その場にへたり込んだ。悟は赫が撃てるようになった。また突き放された。最初から、生まれる前からわかっていたことだが、六眼を持つ悟に並び立つことなどできない。
麗が高専時代に蒼を放てたのは後にも先にもこれっきりのことだった。