五条悟の従姉妹に生まれた
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五条家自慢の梅の花が散り、桜が咲き誇る春。
悟が15になり、麗は14。
悟が高専入学のために寮に入る数日前のこと。
「んん?」
麗は、侍女に髪を乾かしてもらう間にお気に入りのボディミルクを身体に塗りながら首を傾げた。ドライヤーの音でよくわからないが、侍女が「あまり動かないでください」と言うのが聞こえた。いつもなら、自由にさせてくれるのに。というか、侍女が麗に合わせてくれるのだが。それも相まって何かがいつもと違うと、麗は思った。そして気付いた。自分の髪の毛からいつもより甘ったるい匂いがすることに。
自分の知らない間にヘアオイルが新調されたのだろうか。そんな確認はされなかった気がするけれど。
麗の周囲のものは麗のお気に入りのみで囲まれている。本家筋の、相伝の術式をもって生まれた娘として、麗は大切に育てられている。
ヘアオイルの件は翌日、別の若い侍女に確かめる事にした麗は、眠たい目をしぱしぱさせて寝室に向かった。春先は夜の帳が下りた途端から寒くなる。早く布団でぬくぬく眠りたかった。
そんな麗は、たどり着いた寝室の襖を開けて、閉じた。
部屋を間違えたのかな、と眠たい頭で考える。麗がその部屋の中に見たのは、2組敷かれた布団と、絞られた灯り、広い屋敷の別の部屋で寝ているはずの従兄弟だった。
麗は念のために廊下を一周した。侍女を呼んでみたりした。だが、誰ともすれ違わないし、誰も応えてくれなかった。
おかしい。
麗は香りから始まった違和感を確実なものとして捉え始めていた。
人払いがなされている。
湯舟で温められた身体が冷え、目も覚めていく。
しかし夜に麗が自由に行き来できる通路は限られており、寝室へ戻ってきてしまった。仕方なくもう1度、襖を開いてみる。もしかしたら、さっきのは幻覚だったのかもしれないし。果たして、部屋の中では、悟が奥の布団の上に寝転がって携帯ゲームをしていた。
見間違いではなかったようだ。
麗はもう一度静かに襖を閉めた。
そこでしばらく思案する。今夜の寝床はどうしようか、と。立派な家の令嬢が寝床に困る、一大事である。
ふと、すたん、と勢いよく目の前の襖が開かれた。
「何やってんだよ」
悟が麗を見下ろしていた。薄暗い照明の中でも悟の青い瞳はキラキラと輝いている。麗はぽかんと口を開けて頭ひとつ分高い顔を見上げる。
「さみぃんだから、早く入れよ」
麗は悟に腕を引かれて部屋に入った。襖が閉じられ、入り込む冷気から守られる。
ぺたんと布団の上に座り込む麗を無視して悟は寝る姿勢を取った。麗もそれに倣ってもぞもぞと布団に入り込む。
「なあ、悲鳴上げねえの?」
「………どうして?」
「……………」
隣に寝転ぶ悟から不機嫌を感じ取った麗はちょっとだけ身構えたが、次の瞬間には悟が麗に馬乗りになっていた。両手は悟の片腕に拘束されている。悟の動きが全く見えず、何が起きたかわからない麗はきょとんとして悟を見上げた。そうするしかなかったから。
布団を剥がされ、帯に手がかかり、首筋に悟の顔が埋まる。固まる麗。
「……チッ! 抵抗しろよ」
悟の本気の舌打ちに息を呑む。きれいな顔をしている癖に中身がヤンキーの悟(麗の認識上)は、柄がとても悪い。だが、麗は思うのだ。15才になり身長も伸びた悟にマウント取られて抵抗できる人間は、多分いない。少なくとも麗の知る限り。
しばらく麗の鎖骨に額をくっつけていた悟がのそりと退いて、隣の布団に入り込んだ。麗に背を向けて。
麗はそれを見て、悟の布団に侵入した。この状況は悟が用意したものではないと分かったから。冷えた足を悟の足にくっつけて熱をもらう。
「つめてぇんだけど」
「ふふ」
文句を言う悟が寝返りを打ち、麗を引き剥がす。華奢な麗はされるがまま転がった。悟はそれを鼻で笑ってから、姿勢を整えて麗を引っ張る。麗は喜んで悟の胸に飛び込んだ。先に部屋でぬくぬくしていただけあって、悟の身体は暖かかった。足を絡めて、悟の肩に頭を擦り付ける。幼い頃もこうやって、寒くて寂しい日に悟と同じ布団で寝たことがあった。身体が温まってくれば、14才の麗のまぶたと意識は自然と落ちていった。
「余計なことしかしねえババアどもが」
悟は案内された部屋に先に入り焚かれた香を部屋の外にやり、換気までしていた。五条家の一部の人間は、悟と麗を夫婦にする事で、より強い子を、相伝の術式を守ろうとしている。一昨日、悟に全てを任せてふらりと出て行った当主が居なくなった途端これだ。悟がダメなら次は麗に違う男を当てがおうとするだろう。
麗はすやすやと自分の腕の中で寝息を立てている。悟とよく似た、整った顔立ち。相伝の術式と莫大な呪力量を持って生まれた娘。先が思いやられるな、と考えながら甘い香りのする麗の柔らかい髪の毛に鼻先を埋めて目を閉じた。
◇
悟は予定通り高専へ進学した。たまに土産が送られてくるが、悟自身が帰宅してくることはあまりない。麗は私立中学の最終学年を満喫していた。ねえやだった分家の沙希がいた頃は、よく構ってもらっていたが、父も悟も居なくなった今、麗は自由だった。
夏休みになっても、悟は帰ってこない。術師は忙しいのだ。麗にとっては都合がよかったので、何も言わなかった。ただ遊びまくっていた。エスカレーター式の女学校だから、受験に追われることもなく、周りの子達に誘われるまま合コンに参加し、男子校の男の子と遊んだ。麗も来年から高専に入学するから、出会いは今のうちにという考えだ。良家の子息たちの通う男子校の生徒と、良家の子女の通う女子校が近くにあれば、男女付き合いがどこかしらか始まるのは必然だ。麗も周りの女の子と同じように彼氏を作って、デートして、夏を謳歌していた。容姿も声も特別に可愛かったから、麗はモテた。
何人かの男の子と関係を持ち始め、朝帰りをした日。悟が帰省してきた。
「よお不良娘」
「……わぁ。悟くん、おかえり」
サングラス越しでもわかる怒りの気配。こめかみがひくつくのが見えて麗は悟から目を逸らす。
「どこ行ってたんだよ」
「友達の家にお泊りだよ」
「友達同士でキスマつけるの流行ってんのか?」
「え」
悟は見えてる、と麗のワンピースの肩に指を入れた。
「男友達か? 友達ってこんなことすんのか?」
「……彼氏の家に泊まりました」
「………………」
「………………」
「ハァァァァァン!? 麗の癖に生意気に! 彼氏とか作りやがって!」
「悟くんだって女の子と遊びまくりだって沙希が言ってたもん! わたしは悟くんと違って一人一人とちゃんと付き合ってるもん!」
「あ゛ぁ!? お前将来的にどうこうなるつもりもない癖に相手を本気にしてどうすんだよ! そのうち刺されるぞ!」
「そんなヤンデレみたいな男の子と付き合ってないしぃ!」
キャンキャンキャンキャン喧嘩が始まる。止めるものは居ない。居なかった。五条家には。永遠に続くのではと思われた口喧嘩に仲裁が入る。落ち着いた、よく通る声だった。
「やめなよ悟。歳下の女の子相手に」
「るせー傑。黙ってろ。これは説教だ」
「ほぼブーメランだからね、ソレ」
麗は知らない声に顔を向ける。
変な前髪の男の子がいた。ヤンキーだ。悟のヤンキーが加速する。麗は一歩下がった。
あ、こいつ。夏油傑な。俺のダチ。そう紹介を受けて、麗はもう一歩下がった。夏油は握手しようと差し出した手を引っ込めて困った顔をする。
「怖がらせちゃったかな。私たちでかいし。来年から後輩になるって聞いたから挨拶しとこうと思ったんだけど」
まともだ。悟と違ってまともだ。麗は、申し訳ない気持ちになって挨拶を返した。
「よろしくね。麗ちゃん」
これが夏油傑と麗の出会いだった。
夏油は数日五条家に滞在し、悟と一緒に高専に戻って行った。その数日間で、麗の中で夏油の株が急上昇した。
悟は生まれた時から最強であることが約束された存在で、常に賞金がかけられ、学校にも通えていなかった。五条の本家にも分家にも悟に強く言える存在は居らず、天上天下唯我独尊だった。並び立てる人間なんて居なかった。それがどうだ。夏油は悟を同等に扱い、言葉遣いを注意し、喧嘩が喧嘩として成り立っていた。刺々しかった悟がやや軟化したような気すらした。
悟に友達ができた。麗は悟と夏油の喧嘩で破壊された五条家の結界を修復しながら、喜ばしいことだと世界に感謝した。
翌年。予定通り、麗は高専に入学した。
二級術師として。
同期は男の子がふたり。どちらも一般家庭出身だという。
灰原雄、太陽みたいな笑顔の男の子。
七海健人、外国の血を引くシュッとしたクールな男の子。
女の子ももうひとり欲しかったところだが、そこはわがままを言えない。呪霊が見える人間は少ない。その中で戦える程の呪力、術式を持った人間なんてよっぽどのマイノリティだ。
明るい灰原につられて、まじめな七海も、これからよろしくと挨拶を交わした。本日の昼食は寮の案内を兼ねて、寮母が作ってくれると担任に教えられた3人は寮に向かった。
昼食を取りながら、家のこと、好きな食べ物、高専に入った経緯を語らう。1年生の初々しい会話。そこに乱入する2年生。
背の高い白髪の少年が割って入って、麗を椅子ごと抱きしめる。麗がスプーンですくった牛乳プリンをかっさらったその少年は、他の1年生に言い放った。
「こいつ俺の従姉妹なんだけど、すげー男癖悪いから気を付けろよ。1年ボーズ」
「んな………!」
そんなことない! という麗だが、他の1年生たちは男癖どうのよりも、白髪の少年と麗の距離感が気になった。手を出すなという牽制に感じた。心配せずとも1年生の少年2人は呪術の修行に打ち込むつもりで、女の子にデレデレする暇も趣味も無かったが。
「仲の良いいとこ同士なんだね、七海」
「どうなんですかね」
くっついたままプリンとスプーンを奪い合う五条家の2人を見守っていると、もうひとり、ふたり、と上級生がやってきた。
「やあ、はじめましてだね」
にこり。胡散臭い笑顔を向ける特徴的な前髪にお団子頭の少年と、アンニュイな空気を纏う泣きぼくろの少女。彼らは、夏油傑、家入硝子と名乗った。ひとつ先輩の黄金世代と呼ばれる彼らが一堂に会し、麗を除く1年生2人は息を呑んだ。
そして、未だくだらない喧嘩をする2人に視線を向ける。
自己紹介などすっ飛ばし、従姉妹に小学生男子みたいな嫌がらせをしている白髪の少年こそが、最強の片割れであった。
「悟は、まあ見ての通りだから。麗ちゃんは久しぶりだね。元気だった?」
「夏油さん! うん。元気! でも助けて! わたしのプリンが」
「わりィもう胃の中」
「あーー!」
残念がる麗に、下品な顔をして見せる悟。灰原と七海はある程度人間関係を察した。
そして、灰原はまだ手をつけていないプリンを麗に差し出した。
「あげるよ」
「いいの? ありがとう!」
「どういたしまして」
甘やかしてんじゃねーよとガンをつける悟を夏油が回収しようとすると、灰原は「俺、妹がいるんです。だから、こういうの慣れてて」と曇りのない瞳で見上げてきた。さすがの悟も引き下がった。
◇
家入硝子は貴重な反転術式の使い手である。という話は悟から聞いていた。麗は家入さんと呼んだが、硝子は名前でいいよと気軽に返事した。
「寮の部屋………はもう荷物搬入の時にわかってるか。冷蔵庫は共通だから食べられたくないものは名前を書いとくことをおすすめする。あんま意味ないけど」
「食べ物は実家が送ってくれるって言ってました。たぶん余るので皆さんにも食べて欲しいです」
「まじで。さすがお嬢」
「あっ! 居た! 麗さん!」
「沙希!」
廊下の先から声をかけてきたのは、五条家の分家の娘。麗より3つ年上の砂上沙希だ。幼い頃、母親を亡くしふさぎ込んだ麗に、歳が近く呪力もあるからと当てがわれた苦労人である。
「沙希センパイと麗知り合いなの? 御三家関係?」
「まあ、そんなとこ。硝子、麗さんのことよろしくね。本当にダメな子だから。生活力ないから。私がこれから教えていくけど、来年はもう卒業だし」
「えぇ……留年してよ沙希」
「残念ですけど、成績がそこそこいいので無理ですね。卒業できちゃいます。そんなかわいい顔してもだめです」
国宝級の顔面で目をうるうるとさせ沙希を見上げる麗だったが、沙希はばっさり切り捨てた。
「ええん。沙希のケチ」
「ケチとかいう問題じゃないでしょう」
やり取りを見て硝子は理解した。麗は女版の五条悟だ。沙希は麗のママだ。
「ねえ、それよりなんで2人とも学ランなの?」
「逆になんで麗さんはセーラー服なんです?」
「用意されてたのこれだったよ?」
そう、硝子と沙希は学ラン。麗はなぜかセーラー服。男子は学ラン、女子はセーラー服。当たり前のように着ていたが、先輩達は女生徒も学ランだった。
◇
「かわいいから良くね? 俺がカスタム頼んどいた」
やはりお前か。
ドヤ顔の悟に沙希と硝子が引いた顔をする。
麗はセーラー服のリボンを指先でくるくるともてあそぶ。
「わたしが敵だったら、セーラーカラーを引っ掴んで引き倒して、リボンで首を絞めるかなぁ」
「確かに、戦闘向きじゃないかもね」
似合ってはいるけど。夏油が苦笑う。意に反して周りの不評を買った悟はブスくれたが、任務が入る前に学ランを発注した。プリーツスカートはそのままである。当時流行のミニスカート。悟の趣味で勝手に決めた。
◇
「料理も洗濯も掃除も教えるので覚えてください。頭が良いのは知ってますからね。やりたくないからってサボらないでください。麗さんのためを思って言ってるんです。ご飯は事前に申請すれば寮母さんが用意してくれます。でも部屋の掃除は自分でしなきゃだめですよ。私も任務があるので麗さんにひっついていられるわけじゃないですし。聞いてますか麗さん。私と悟さんが高専入って居なくなったからって夜遊びしまくってた麗さん。ねえ。これからはそんな暇ありませんよ。ていうかだめですよ、夜遊びは。補導されますよ。またやるようなら位置情報管理しますからね」
「はぁい」
自室で荷ほどきを手伝ってくれる沙希から怒涛の説教を受けて麗は生返事を返した。授業よりも、生活の方が心配が大きい。だって、これまで全て侍女に任せきりだったから。
砂上沙希
高専4年生
五条家の分家の娘。
麗のねえやに抜擢され世話を焼きまくる。人として術師として優秀。