水面下の傾慕
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たんたんとスマートフォンの画面をタップする。
無感情なつもりでも指先に少しの嫌忌がのる。あんなやつ。あんなやつ。あんなやつ。
顔検出できたものはだいたい消した。あと、集合写真と、変なサングラスかけてるやつと、夏祭りのもあったかも。アルバムをスクロールすると、わらわら出てくる。もういや。
「った」
棚から持ち出した参考文献が二つ隣の席に座った男に引き寄せられて、乗せていた肘がおちる。古びた木目が肌を叩いて、腕をさすった。いたいじゃん。なにすんの。当の本人を見れば悪びれもせずに本を開くところだった。
「使わないなら先に借りるよ。勉強しないなら帰れば」
「勉強しに来たよ。先に雑念を消してるだけ」
「よそでやってくれる」
「いや。ここがいい。あなたのそばなら人が寄り付かないし」
それに雲雀がいま使ってる本がないとレポートが書けない。
図書室の2階。本棚の奥の奥。人の群れが視界に入らない場所。
椅子が3つ並んだここは、雲雀の気に入りの席だった。わたしも集中したいときにこの席を使っている。
今日は、集中以前の問題でノートPCは閉じられたまま。
「なんか君のせいで空気がよどむんだけど」
「あら、ごめんあそばせ」
「なんなんだい。あの男と喧嘩でもしたの」
「さっき休み時間に別れたの」
「へえ」
浮気でもされたのかと尋ねる雲雀の声はなぜか機嫌がよさそうで。
わたしの声に余計なとげをつくる。
「ちがう。後輩の女の子の肩抱いてるの見て、なんか冷めた」
「そう」
「あと、……これはあなたに言っておいた方がいいかも。その後輩の女の子にあなたと許嫁だってばれた」
なんでばれたのかさっぱりわからないけど、いつもまにか知られていて戦慄した。その時点であのサークルに関わるのは止そうと思った。面倒ごとはごめんだよ。わたしはあのとき嫌な汗をかいたのに雲雀はまゆひとつ動かさない。
「………ふうん。早かったね」
「何が」
「僕が教えたんだよ」
あの子に。
何を言われたのか分からなくてスマホから顔を上げた。雲雀は相変わらず本を眺めている。長い指が、ゆっくりとした動作でページをめくった。
「……どうして、そんなこと」
「そろそろ興味のない女によって来られるのも煩わしくてね。直接教えたってわけじゃないけど、ほら」
雲雀が自分のスマホのロック画面をわたしに向けた。今年の初めに本家で撮られたツーショット。紋付の雲雀と彼がが珍しく褒めた振袖を着たわたし。2人とも口元をひき結んでいる。いつも初期設定の男が、鳥でもハリネズミでもなくなぜこんな画像を。
「これを、見られて。教えたっていうの?」
「まあわざとだけどね。やかましい子だったから君にも直接詰め寄るだろうとは思ったよ」
なんで。どうして。理解できないし考えてること想像もつかなくて何を言ったらいいのかわからない。黙り込むわたしに、雲雀は本を置いて向き直った。
「僕はこの学期が終わったら大学を辞める」
「そ、う。別に止めないけど」
「海外に飛ぶつもりでいるよ。なまえもついてくる?」
「え…」
ついてくる、とはどういうことだろう。わたし達の婚姻どうこうは御家同士の都合のみで決まったもので、将来お互い手に職が就いたら解消しようねっていってたのに。雲雀と結婚しようなんて、思ったこともない。
「わたし、あなたと違って学歴ないと不安なんだけど」
「まあ、ついてこなくてもいいけど。どっちにしろこの大学に残ってももう男できないと思うよ。あの子相当おしゃべりのようだから」
「んん?え、どういう。わたしたちって」
「婚約解消しようなんて話もしたんだったね。でも僕にはもうそのつもりがない。妻にするなら君がいい」
「え、今それ言うの」
「いやなの」
「いやじゃないけど、わからない。どうして」
「君以上が見つからなかったから。とりあえず交際でもしてみる?」
それからすぐに恭弥と過ごす大学生活は終わってしまった。今までの男と違って簡単に写真を撮らせてくれないから、わたしのアルバムは潤わなかったけど。実物がいるからいいかな。
となりに腰掛ける彼の肩に頬を寄せれば、長い指がわたしの髪を撫でる。あの本に触ったのより、やさしく。
2020.07.19.
#復活夢版深夜の真剣創作60分一本勝負
お題「写真」に参加させていただいたときのものに加筆しました
無感情なつもりでも指先に少しの嫌忌がのる。あんなやつ。あんなやつ。あんなやつ。
顔検出できたものはだいたい消した。あと、集合写真と、変なサングラスかけてるやつと、夏祭りのもあったかも。アルバムをスクロールすると、わらわら出てくる。もういや。
「った」
棚から持ち出した参考文献が二つ隣の席に座った男に引き寄せられて、乗せていた肘がおちる。古びた木目が肌を叩いて、腕をさすった。いたいじゃん。なにすんの。当の本人を見れば悪びれもせずに本を開くところだった。
「使わないなら先に借りるよ。勉強しないなら帰れば」
「勉強しに来たよ。先に雑念を消してるだけ」
「よそでやってくれる」
「いや。ここがいい。あなたのそばなら人が寄り付かないし」
それに雲雀がいま使ってる本がないとレポートが書けない。
図書室の2階。本棚の奥の奥。人の群れが視界に入らない場所。
椅子が3つ並んだここは、雲雀の気に入りの席だった。わたしも集中したいときにこの席を使っている。
今日は、集中以前の問題でノートPCは閉じられたまま。
「なんか君のせいで空気がよどむんだけど」
「あら、ごめんあそばせ」
「なんなんだい。あの男と喧嘩でもしたの」
「さっき休み時間に別れたの」
「へえ」
浮気でもされたのかと尋ねる雲雀の声はなぜか機嫌がよさそうで。
わたしの声に余計なとげをつくる。
「ちがう。後輩の女の子の肩抱いてるの見て、なんか冷めた」
「そう」
「あと、……これはあなたに言っておいた方がいいかも。その後輩の女の子にあなたと許嫁だってばれた」
なんでばれたのかさっぱりわからないけど、いつもまにか知られていて戦慄した。その時点であのサークルに関わるのは止そうと思った。面倒ごとはごめんだよ。わたしはあのとき嫌な汗をかいたのに雲雀はまゆひとつ動かさない。
「………ふうん。早かったね」
「何が」
「僕が教えたんだよ」
あの子に。
何を言われたのか分からなくてスマホから顔を上げた。雲雀は相変わらず本を眺めている。長い指が、ゆっくりとした動作でページをめくった。
「……どうして、そんなこと」
「そろそろ興味のない女によって来られるのも煩わしくてね。直接教えたってわけじゃないけど、ほら」
雲雀が自分のスマホのロック画面をわたしに向けた。今年の初めに本家で撮られたツーショット。紋付の雲雀と彼がが珍しく褒めた振袖を着たわたし。2人とも口元をひき結んでいる。いつも初期設定の男が、鳥でもハリネズミでもなくなぜこんな画像を。
「これを、見られて。教えたっていうの?」
「まあわざとだけどね。やかましい子だったから君にも直接詰め寄るだろうとは思ったよ」
なんで。どうして。理解できないし考えてること想像もつかなくて何を言ったらいいのかわからない。黙り込むわたしに、雲雀は本を置いて向き直った。
「僕はこの学期が終わったら大学を辞める」
「そ、う。別に止めないけど」
「海外に飛ぶつもりでいるよ。なまえもついてくる?」
「え…」
ついてくる、とはどういうことだろう。わたし達の婚姻どうこうは御家同士の都合のみで決まったもので、将来お互い手に職が就いたら解消しようねっていってたのに。雲雀と結婚しようなんて、思ったこともない。
「わたし、あなたと違って学歴ないと不安なんだけど」
「まあ、ついてこなくてもいいけど。どっちにしろこの大学に残ってももう男できないと思うよ。あの子相当おしゃべりのようだから」
「んん?え、どういう。わたしたちって」
「婚約解消しようなんて話もしたんだったね。でも僕にはもうそのつもりがない。妻にするなら君がいい」
「え、今それ言うの」
「いやなの」
「いやじゃないけど、わからない。どうして」
「君以上が見つからなかったから。とりあえず交際でもしてみる?」
それからすぐに恭弥と過ごす大学生活は終わってしまった。今までの男と違って簡単に写真を撮らせてくれないから、わたしのアルバムは潤わなかったけど。実物がいるからいいかな。
となりに腰掛ける彼の肩に頬を寄せれば、長い指がわたしの髪を撫でる。あの本に触ったのより、やさしく。
2020.07.19.
#復活夢版深夜の真剣創作60分一本勝負
お題「写真」に参加させていただいたときのものに加筆しました
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