蓋のゆくえ
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ギィ、と重たげな音を立ててドアが開かれる。
獄寺がいつものようにサボろうと屋上に出てみれば、強烈な日差しが色素の薄い瞳を刺した。手で影を作って「あっちぃ……」と悪態をつく。サボり場所を間違えた。一服したら別の場所に移動するか、やめておくか、屋上の入り口で逡巡していると「あっちーね」と屋上の方から話しかけられる。
女子の声だった。
「あ?」
「あっ、待って! 閉めちゃダメ!」
その声に内側から開かれたドアを一応押さえれば、ひょこっと顔を出したのは同じクラスの女子生徒。確かみょうじとかいうやつだと獄寺は記憶をたどる。彼女はトトっと駆け寄ってきてドアの影に入った。
「なんだよお前。もう五限始まってんぞ」
「んー……。それ割とこっちのセリフ。わたしはうっかりだよ、うっかり。これから戻るの」
彼女はそう言って、蝶番で繋がれたドアと壁の隙間から向こうを見つめた。その先は隣の校舎の屋上だ。
「うっかりサボりかよ」
「なんかいつの間にか時間経ってて、戻れなくなっちゃったんだよね。あっ!」
「戻れなくなった?なんでだよ」
「向こうの屋上でヒバリさんが寝始めて……ドア開けたらバレちゃうじゃん?」
「は?」
今なんと言った? そしてさっきのあっ! は何だ?「ねえ、ヒバリさん今こっち向いたんだけど見つかっちゃったかな」とみょうじは不安そうに獄寺を見上げた。無表情で彼女を見下ろす獄寺の耳には、隣の校舎の屋上ドアが閉まる音が届いていた。
「……逃げるぞ。ヒバリが来る」
一段飛ばしで階段を下りる。バタバタ上履きがリノリウムを叩く音が響いた。「逃げられなかったら獄寺が盾になってね」「ふざけんなよ!」そんなことを言う暇があったら走れ! 獄寺は先をゆく、女子にしては足の速いみょうじを追いかける形で階段を下りていた。
タンッ
最後の一段を下りた時、ハッとした獄寺が、廊下に踏み出す前にみょうじの細い手を掴んだ。彼女は戸惑い、振り返れば獄寺が険しい顔をしてシーっと人差し指を口元に持ってくる。「な、なに?」「静かにしろ。こっちこい」階段下のスペースに押し込まれる。狭い空間で身を寄せ合うと獄寺の香水とタバコの香りに包まれた。10秒もしないうちに誰かの足音が聞こえた。身体が緊張で硬直する。ヒバリだ。バクバクと心臓が鳴る。ここで見つかったら逃げる場所がない。おしまいだ。
(お願い……! 気づかないで………)
ギュッと手を握りしめ彼女は祈る。
その足音は階段を上り始めた。二人ともホッと肩を撫で下ろした。よかった、お互いの目に安堵が宿る。
彼女は獄寺の肩を軽く叩いて小声で感謝を告げようとした。
そのとき、
♪〜〜♫〜♪〜〜
「なっ!?」「あっ、やば」
彼女のポケットで携帯の着信音が鳴った。慌てて止めるも時すでに遅し、おそるおそる階段を見上げる。
「うわ……」
目が合った。
階段の手すりのわずかな間から鋭い視線がこちらを向いていた。
「何やってんだバカ! 逃げるぞ」
獄寺はまた彼女の手を引いて走り出す。彼女を置いて行けば自分は逃げ切れるかも知れないのに。
「完ッ全に見つかったじゃねえか!」
「ごめんごめんうっかり!」
「うっかりし過ぎだろ。チッ! どこ行きゃいいんだよ!」
「外かな!」
「いっそ午後フケて校外出ろってか!?」
「わたしチャリ鍵持ってる〜〜!」
「でかした!」
2人とも上履きのまま駐輪場へ向かう。荷物など知ったことか。誰かに持ってきて貰えばいい。
「待ちなよ」
「ぎゃあああ! 出た! ヒバリさん!」
「うおっ! っぶね」
2人目掛けてヒバリがトンファーを投げつける。それを獄寺の機転でギリギリ避けて、自転車に跨った。
ヒバリを巻くまで攻防は続いた。
「おつかれぃ!」
コンビニの駐車場で荒い息をつく獄寺の頬に冷たいペットボトルが押し当てられた。奪ってみれば、蓋は開けられた形跡がある。
「飲みかけかよ……」
「ごめん、小銭足りなくて一本しか買えなくて」
「そーかよ」
飲むんじゃん、と小声でぼやくみょうじを無視して獄寺は喉を潤した。彼女はだるそうに自転車のカゴに肘をついた。飲み切らずにペットボトルから口を離した獄寺はこれじゃ足りねえと跨っていた自転車から降りる。
「全部飲んでいいのに」
「足りねえって言ってんだろ。みょうじ、なんか食うか」
「おごってくれんの!?」
「ンなわけねーだろ。タダじゃねえかんな、いつか返せよ」
「はいはーい! 今日返しに行くからメアド教えて」
今日とは言ってねえ、と言う台詞を飲み込んだ獄寺は彼女と携帯の赤外線をかざし合う。
逃げ出したまま終わるわけもなく、次の日の朝も2人してヒバリに追い回されるハメになるのだが、今の彼らにはどうでもよかった。
2020.08.31.
2020.09.09. 加筆修正
獄寺がいつものようにサボろうと屋上に出てみれば、強烈な日差しが色素の薄い瞳を刺した。手で影を作って「あっちぃ……」と悪態をつく。サボり場所を間違えた。一服したら別の場所に移動するか、やめておくか、屋上の入り口で逡巡していると「あっちーね」と屋上の方から話しかけられる。
女子の声だった。
「あ?」
「あっ、待って! 閉めちゃダメ!」
その声に内側から開かれたドアを一応押さえれば、ひょこっと顔を出したのは同じクラスの女子生徒。確かみょうじとかいうやつだと獄寺は記憶をたどる。彼女はトトっと駆け寄ってきてドアの影に入った。
「なんだよお前。もう五限始まってんぞ」
「んー……。それ割とこっちのセリフ。わたしはうっかりだよ、うっかり。これから戻るの」
彼女はそう言って、蝶番で繋がれたドアと壁の隙間から向こうを見つめた。その先は隣の校舎の屋上だ。
「うっかりサボりかよ」
「なんかいつの間にか時間経ってて、戻れなくなっちゃったんだよね。あっ!」
「戻れなくなった?なんでだよ」
「向こうの屋上でヒバリさんが寝始めて……ドア開けたらバレちゃうじゃん?」
「は?」
今なんと言った? そしてさっきのあっ! は何だ?「ねえ、ヒバリさん今こっち向いたんだけど見つかっちゃったかな」とみょうじは不安そうに獄寺を見上げた。無表情で彼女を見下ろす獄寺の耳には、隣の校舎の屋上ドアが閉まる音が届いていた。
「……逃げるぞ。ヒバリが来る」
一段飛ばしで階段を下りる。バタバタ上履きがリノリウムを叩く音が響いた。「逃げられなかったら獄寺が盾になってね」「ふざけんなよ!」そんなことを言う暇があったら走れ! 獄寺は先をゆく、女子にしては足の速いみょうじを追いかける形で階段を下りていた。
タンッ
最後の一段を下りた時、ハッとした獄寺が、廊下に踏み出す前にみょうじの細い手を掴んだ。彼女は戸惑い、振り返れば獄寺が険しい顔をしてシーっと人差し指を口元に持ってくる。「な、なに?」「静かにしろ。こっちこい」階段下のスペースに押し込まれる。狭い空間で身を寄せ合うと獄寺の香水とタバコの香りに包まれた。10秒もしないうちに誰かの足音が聞こえた。身体が緊張で硬直する。ヒバリだ。バクバクと心臓が鳴る。ここで見つかったら逃げる場所がない。おしまいだ。
(お願い……! 気づかないで………)
ギュッと手を握りしめ彼女は祈る。
その足音は階段を上り始めた。二人ともホッと肩を撫で下ろした。よかった、お互いの目に安堵が宿る。
彼女は獄寺の肩を軽く叩いて小声で感謝を告げようとした。
そのとき、
♪〜〜♫〜♪〜〜
「なっ!?」「あっ、やば」
彼女のポケットで携帯の着信音が鳴った。慌てて止めるも時すでに遅し、おそるおそる階段を見上げる。
「うわ……」
目が合った。
階段の手すりのわずかな間から鋭い視線がこちらを向いていた。
「何やってんだバカ! 逃げるぞ」
獄寺はまた彼女の手を引いて走り出す。彼女を置いて行けば自分は逃げ切れるかも知れないのに。
「完ッ全に見つかったじゃねえか!」
「ごめんごめんうっかり!」
「うっかりし過ぎだろ。チッ! どこ行きゃいいんだよ!」
「外かな!」
「いっそ午後フケて校外出ろってか!?」
「わたしチャリ鍵持ってる〜〜!」
「でかした!」
2人とも上履きのまま駐輪場へ向かう。荷物など知ったことか。誰かに持ってきて貰えばいい。
「待ちなよ」
「ぎゃあああ! 出た! ヒバリさん!」
「うおっ! っぶね」
2人目掛けてヒバリがトンファーを投げつける。それを獄寺の機転でギリギリ避けて、自転車に跨った。
ヒバリを巻くまで攻防は続いた。
「おつかれぃ!」
コンビニの駐車場で荒い息をつく獄寺の頬に冷たいペットボトルが押し当てられた。奪ってみれば、蓋は開けられた形跡がある。
「飲みかけかよ……」
「ごめん、小銭足りなくて一本しか買えなくて」
「そーかよ」
飲むんじゃん、と小声でぼやくみょうじを無視して獄寺は喉を潤した。彼女はだるそうに自転車のカゴに肘をついた。飲み切らずにペットボトルから口を離した獄寺はこれじゃ足りねえと跨っていた自転車から降りる。
「全部飲んでいいのに」
「足りねえって言ってんだろ。みょうじ、なんか食うか」
「おごってくれんの!?」
「ンなわけねーだろ。タダじゃねえかんな、いつか返せよ」
「はいはーい! 今日返しに行くからメアド教えて」
今日とは言ってねえ、と言う台詞を飲み込んだ獄寺は彼女と携帯の赤外線をかざし合う。
逃げ出したまま終わるわけもなく、次の日の朝も2人してヒバリに追い回されるハメになるのだが、今の彼らにはどうでもよかった。
2020.08.31.
2020.09.09. 加筆修正
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