同情じゃない

うすぐらいひばたん
※雲雀さんが後妻を迎えているぞ!



「ああ、ほら、傾けちゃだめですよ」
「だいじょうぶ」

 そういえば今日は誕生日だったな。
 子供の頭には重たそうな兜をかぶって、ホールケーキを持った倅がよたよたと歩く。その後ろを、歩く女。昨年妻に迎えた、同郷の女だ。倅の母親とは親族にあたる。

「あら、おかえりなさい」
「おかえりなさい。おとうさん」
「うん」

 帰宅してみれば例年とは違う光景が広がっていた。同じ年なんて存在しないから、例年通りみたいなものも存在しないけど。
 準備する大人が変わると、雰囲気が大分変わる。
 ケーキは成長した倅が運んでいるし、食卓に並ぶハンバーグが違う味なのも知っている。僕の誕生日なんて、今では倅の為のようなものだ。

 倅が生まれて、物心つく前に母親だった前妻が死んだ。幼い頃から病弱で、大人になるのが奇跡と言われていた。大変な無理をさせて産まれたのが、今ケーキを目の前に目を輝かせる倅だ。僕に良く似ていると言われるが、瞳は前妻そっくりそのままで、僕と違って愛想が良い。

「ろうそく立てましょうか」
「いや良い」

 もう、いい大人だ。

「ぼく、けしたい」
「そう。じゃあ立てよう」

 倅の無邪気さに、笑んだ女がてきぱきと手際よくろうそくをケーキにさしていく。太めのものを2本と、細いものを数本。細い指がライターでぽつぽつと点火していく。全て点火されたタイミングで、僕は灯りを落とした。
 女がスマートフォンのカメラを倅に向けながら、バースデイソングを歌う。まるで倅の誕生日のようだ。
 歌の締めくくりは、おとうさん、だった。

「ふー ふー」
「わぁ〜消えた! 消えました! 恭弥さん、電気」

 僕は電気じゃない。けれど黙って灯りを元に戻す。

「たべていい? ねえ、はやく」
「はいはい。ちょっと待ってくださいね」

 目を輝かせるこの子に、僕も女も、同じひとの面影を見る。亡くしてからもずっと。僕は恋愛なんかとかけ離れた人間だと思って生きてきたし、彼女を失ってからも当たり前みたいに生きている。それでも、心の中に焼きついて消えてくれない。美人で、わがままで、かわいくてたまらない存在。
 倅の中に彼女を見続ける。女々しい男だと罵ってくれていい。でも、今年は彼女のことを一緒に引き摺ってくれる女がいる。

「寝てくれましたねぇ」

 倅を寝かしつけてきた女が、僕の部屋に布団を敷く。2組。
 僕らが結婚したのは、利害の一致だった。倅の母親役を探していた僕は、前妻の墓の前でこの女と再会した。海外で仕事をしていたが、身体を壊して帰国してきたとその時聞いた。

「今日はしないんですか」

 酒をあおる僕に、酌をしながら問うてくる。浴衣姿の女。
 返事をしないまま、布団に押し倒して、浴衣の合わせを開く。肌に触れると時折漏れる啼き声に、彼女を思い出して、苛立つような、高揚するような、熱い何かが腹の底に湧く。親族なだけあって、声がほんの少し似ているのだ。
 このどうしようもない気持ちを、肌を合わせた女も持ち合わせていることを知っている。この女が恋い焦がれた本家の令嬢を半ば無理やり、娶ったのが僕だからだ。まだ彼女が20歳にも満たない頃だった。未だ、許し難かったと憎々しげに言ってくる。この女が僕との結婚を飲んだのは、倅の瞳が彼女に似ているから。
 同じ女を想うもの同士。情を交わす。
 明日になればなんでもなかったように、母親役の顔をする。僕も父親の顔をして見せるから、どうかそれらしい表情を夢の中で教えてくれ。


2021.05.05
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