夏風船
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「あ゛ーー」
「…………」
「うぅ、ダメ……もっと、もっと上げて」
なまえは僕の眼下で死にそうな顔をして言った。仕方なくスイッチを強へきってやる。モーター音が大きくなった。
「すずしー…」
「そう、よかったね」
僕の腹の上で心地よさげに眉を下げた彼女の髪の毛が風にそよいだ。前髪は汗で額に張り付いている。
「んん、でもまだ暑い。もっと」
「これが最大だよ」
「ええ〜うそぉ」
むくりと顔を上げて扇風機を確認すると信じられないと目を見開いた。風量は結構なものだ。ぶわっとなまえの前髪が持ち上げられて形の良い額が現れた。こんなものじゃ暑さは吹き飛びやしないけど。
「あっつ ゔぉおおい」
「それやめてくれる」
どこぞのうるさい誰かを思い出すから。
「恭弥くんはなんで汗かかないの」
「君とは鍛え方がちがう」
「ああっそ!」
ぷい、と顔を背けたなまえはまた僕の腹に頭を乗せる。蚊の鳴くような声で「クーラーいつ直るの」と聞いてくるこの子はだいぶ参っているらしい。畳の上に投げ出された白い脚をゆらゆら揺らしている。
「明後日」
「ええ。もっと早くして。恭弥くん権限で」
「この時期業者も忙しいんだよ」
僕から離れれば多少涼しいよ、っていうのは頬赤くしてでも離れないこの子も分かっていることだ。
「もっと汗かけば涼しくなるんじゃない」
「ああ、うん。そうだね〜。………ん?」
「ほら、こっち来なよ」
二の腕を掴んでみれば、僕の指が余裕で一周するくらい細い。よくこんな腕で生きていられる。引き寄せようとすれば余計に腹にひっつこうとするなまえ。
「だめ。恭弥くんお腹冷えちゃうから」
「そんなんじゃ冷えない。むしろ暑い。邪魔」
「や、」
「君は子どもかい……腹冷やしちゃいけないのはなまえの方だろ」
ワンピースの裾をひらひら引っ張ると太ももを庇うように布を奪い返した。ちろっとこちらを見るなまえの頬は先ほどより赤い。ぺたりと頬を僕の腹につけている。暑いだろうに。
「…………」
「…………んむ」
頬をつまむとむにむにした柔らかい感触。茹でたばかりの白玉みたいだ。不満げな顔で僕を見るなまえの脇の下に片手を回して(汗をかいてるから触んないでなどと文句を言っていたけど知らない)引き寄せた。ほらこれでどっちの腹も冷えないね。見上げれば彼女の長い髪の毛がぱらぱら僕の顔に降った。
「あつい」
「暑いね。麦茶持ってこさせようか」
からんからん
氷の回る涼しい音。
隣のなまえがこくこくと麦茶を飲み干している。頬の赤みが少し引いて、いつものような白い肌に近づいた。それが余計に白玉に見えて、腹が減った。
「ねえ、恭弥くん。お腹すいた」
「うん。僕も。あんみつでも食べに行こうか」
「やったぁ」
とたとた畳を歩いて行ってバッグから日焼け止めをとり出したなまえを見て、僕もバイクの鍵を手に取った。
最初から喫茶店にでも避難すればよかったことだけど、なまえも僕も言わない。
2020.07.30.
#復活夢版深夜の真剣創作60分一本勝負
お題「もっと」に参加させていただいた時のものに加筆しました
2020.08.12 加筆
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