嘘は静か

「ねえ、恭弥。最近、あのメイドさん見ないね」
「……どのメイド?」
ごくたまに雲雀夫婦も顔を出すボンゴレ本部には、大勢のメイドが居る。そもそもメイドに興味のない雲雀にはほぼ同じ顔に見えているし、弱そう・強そうの認識しかないが。
「ほら、横で髪まとめてて、よくお菓子持ってきてくれる子。あの子が淹れてくれたお茶が微妙だって言って、あなたが突っ返したじゃない」
屋敷には雲雀の妻が多少仲良くしているメイドがいた。健康的に焼けた肌にブリュネットの髪の、からからとよく笑う快活なメイドだ。雲雀の妻のアクセサリーを褒めたり、一緒に趣味について語り合ったりしていた。
「……ああ、あのメイド。お茶も淹れられないなんて使えないよね」
「酷いこという。面白そうな子だったんだけどな。最近見かけないなって思って。どうしたんだろうね」
「さあ、知らないな」
雲雀は心底興味がなさそうな顔で答え、草壁の淹れた茶を飲んだ。雲雀の妻はそんな夫を見て、特に感情のこもらない返事をした。
「………そう、残念」


かつん かつん
螺旋階段を降りた先。
ボンゴレ本部の地下。くらいくらい部屋。鉄格子の奥にブリュネットの髪の女。見張りが二人。
「何か吐いたかい」
「いいえ、何も」
雲雀は懐から武器を取り出した。怒ってなどいない。危険な場所にわざわざ妻を連れてきたのは自分なのだから。ただ、思い知らせてやらねばならない。誰に何をしようとしたのか。
「僕がやろう」
「は、」
ガチャンと大げさな音を立てて錠が解かれる。見張りが錆びかけた鉄格子の扉を引いた。女が乱れた前髪の奥から雲雀を睨みつける。

妻には、別段知らせることでもない。こんな些細なこと知らなくていい。ただ安全なところで笑っていてくれればいい。




2020.06.08

#復活夢版深夜の真剣創作60分一本勝負
お題「優しい嘘」に参加させていただきました
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