あいってなんだっけ

「君にしては………上品な方法とは言えないな」

彼にしては言葉を選んだ方だと思う。
麗しい柳眉が不快そうに歪められる。
部屋に充満する血と臓物のにおい。
わたしが馬乗りになっている肉の塊は敵対マフィアのカポだった男。

「……ぁ」

何も言わずにいると近づいてきた雲雀がわたしの手からナイフを奪った。
雲雀の手も、汚れちゃうのに。
ナイフはシーツの上に無造作に放られた。

「どうしてここだってわかったの」
「君がいる場所ならどこでもわかる」
「なあにそれこわい」

割といいホテルのデラックススイート。防音だし、盗聴器もないか調べたし。誰にも気づかれないと思ったのにな。

「君にこんな任務与えられてなかったと思うけど」
「下っ端諜報員にしては良くやったって褒めてくれないの」
「目的が復讐なのに褒めるも何もないよ」

そう、復讐。

「だって……」

憎くて憎くて憎くて憎くて仕方がなかった。この豚のような男を殺してもわたしの愛しい人は戻ってこないことなんてわかっていたけど、この男がこの世に存在していることが許せなかった。なるだけ苦しんで死んで欲しかった。他の誰もやってくれないならわたしの手でやるしかないでしょう。

「泣くなよ」
「泣いてない」
「ないてる」

雲雀の、かろうじて汚れていない指がわたしの下まぶたに触れる。濡れた感触は、返り血ではないらしい。暖かい指はそのままわたしの顔を包み込んだ。

「満足したかい」
「………そう見える?」

尋ねるわたしの声は情けなく震えていた。
大満足よ。って格好良く笑える女になりたかった。
涙声で縋るように雲雀の名を呼ぶ。雲雀の胸が近づいてきて、頰が押し付けられた。白いシャツが赤黒く汚れていく。
後頭部を抱えた雲雀の手が髪を撫でた。

「僕に言えば殺してやったのに」
「だって、雲雀には直接、関係ない…し。っ…メリットもないし……」
「馬鹿だな」

わたしを抱き込む腕に力がこもる。

「君の望みならなんだって叶えるの
に」


シャワーを浴びながらするキスは涙の味しかしなかった。
血のにおいは排水口へ。
肌に張り付く汚れたドレスは、捨てて帰ろう。雲雀とキスしながらも捨てられない死んだ恋人への思いも捨てられる何かに移って仕舞えば楽になれるのに。くるしい。息ができてる気がしない。あの人を失ってからずっと。

「ひ…ばり、ねえひばり」
「うん」
「わたしね、わたし」

すきだったの。どこがすきだとか言えないくらい。この世の何よりも。あの人はわたしの恋人で友人で半身だった。この彼のいない空白を、虚無をどうしたらいい?憎んだ相手を殺してもなお収まらないこの世への恨みは、どうしたら。

「僕がいる。君が望むならあいつの代わりにすればいい。そうでなくても、君の空虚を埋めてあげよう。僕を利用して生きたらいいよ」

雲雀がわたしのことすきなの知ってて今も甘えてる。これからもそうすればいいと?この不遜な男が?

「世界の恨みだって、僕に八つ当たりでもなんでもすれば」
「わかんないな、なんで、そこまで」

わたしにしてくれるのか。雲雀ってそんな男じゃないでしょ。強くて、束縛を嫌って、敗北を認めたがらない偏屈なやつのくせに。ちょっと気に入ってるだけのわたしみたいな矮小な女に、労力と時間を割こうなんて気が触れてるんじゃない。
雲雀はわからない?と首を傾げて聞いた。ちょっと、かわいらしい仕草だった。肩紐の落ちかけたドレスのジッパーを下げられて素肌があらわになる。

「これは、愛だよ。ああこう言っても君にはわからないんだろうね。君だって、僕があいつだったらそれくらいのことしただろうに」

肌に柔らかく触れる唇と舌の熱さと一緒に生きるためのなにかをくれるらしい雲雀と、しばらく生きてみる。
それでもだめだったときは死をねだってみようかな。今度はわたし自身の。
その時雲雀はどんな顔するんだろう。






本当は知ってて止めなかった
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