わたしだけが知ってるサンタクロース
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ごめんくださぁいと間延びした声がした。玄関を開けるとマフラーに半分顔を埋めたなまえが顔を出す。寒かろうと招き入れようとした僕をやんわり躱して「はい」と紙袋を差し出された。「何?」「クリスマスプレゼント」受け取って彼女の顔を見る。
「…………お茶でも飲んでいくかい」
「お茶とお菓子で誤魔化そうとしないで。プレゼントないんでしょ。いいよ。来年まで待つからお年玉ちょうだい」
「………」
お年玉をひとつしか歳の変わらない人間にねだる奴がいるだろうか。そもそもこの僕にそんな口を利くのはこの子だけだ。思わず呆れてしまうくらいのわがままな発言につい目を細めて見返すと彼女がくしゅんとくしゃみをした。吐き出す息は白く、頰は寒さで赤く染まっている。身震いして手を袖口のファーの奥に引っ込めたのを見て、その指先を追い、捕まえた。氷のように冷たい。
「上がっていけばいいのに、寒いだろ」
「…ううん、だめ。今日用事があるの」
なまえが握られた手に視線を落とす。長い睫毛が頰に影を作った。今日は化粧が濃い気がする。
「ああ、君も男と遊びに」
「ちがうもん」
いつもより気合いの入った髪型に、いつもより踵の高い靴から邪推したがあっさりと否定された。「クリスマスイブに男の子1人選んで遊んだら本命だって勘違いされちゃうでしょ」そんな理由で否定されるとそれはそれでどうかと思うが。
「今日はクリスマスパーティーに出るの。恭弥くんも呼んだのに来ないって言ったじゃない」
「そうだったかな」
「……暇なら来ればいいのに」
「興味ないよ」
「だよねぇ」
「それに暇じゃない」
「え」
まさかと目を見開く彼女に僕は真顔で答える。
「浮ついた連中を咬み殺さなきゃいけないからね」
「………」
今度は彼女の方がじとりとした目でこちらを見返してくる。この時期は毎年浮ついた群がわんさか沸く。見回りは必須だ。
「そんなことしてるから彼女できないんだよ」
「余計なお世話だ」
できないんじゃない。作らないだけだ。
◇◆◇
彼女からのプレゼントは茶器だった。どうやって手に入れたのか、それは長らく僕が探していたものそのものであった。正月はこれで茶を飲むとしよう。テレビからは今日は冷え込むという旨のアナウンスが流れている。こたつで茶器を眺めていたが、そろそろ見回りに向かわねばなるまい。
茶器と、それに似合わぬクリスマスカードを机の上に置き、学ランを羽織って家を後にした。
駅前にたむろする騒がしい見た目の男たちを咬み殺し、公園で公然猥褻寸前の乳繰り合いをする男女の顔に向かってトンファーを投げつける。外でやるな。これだからこの季節は風紀が乱れていけない。軟派な奴も多くなる。そういう奴にこそ遠慮なく鉄槌を下してやるわけだが。伸びた男を放置し立ち去ろうとすると、男に絡まれていた並中生が僕にお礼だとホットコーヒーを押し付けた。君もさっさと家に帰りなよ。ケーキらしき箱を携えたそいつは頭をぶんぶん下げて逃げるように帰って行った。
コーヒーに口を付けると内側から身体が温まってゆく。動き回っていたから、自覚は無かったが、だいぶ冷えていたらしい。
ふと、ポケットに入れていた携帯が振動する。なまえからのメールだ。『クリスマスツリー!すごくない?5mあるの!!』添付された画像では豪奢な飾り付けのされた大きなクリスマスツリーの手前でなまえがグラスを傾けている。誰が撮ったのか指が入っていてよく見えないが、彼女の着ているドレスの色に見覚えがあった。
『ねえー。どれがいいと思う?』
折り目のつけられた雑誌を細い指で叩きながら彼女は僕を見る。面倒でどれでもいいんじゃないかと答えると、彼女はむっとしてずい、と僕の目前に雑誌を突きつけた。『…どれも似合うと思うよ』これに関しては本心だった。すると彼女は『だから迷ってるんじゃない』とあっけらかんと言う。仕方なく雑誌を受け取ってパラパラとめくる。『………これ』『どれ?』僕の肩に手を置いて雑誌を覗き込むなまえがほんの少しだけ目を見開いた。
なんだ。着るなら着るって言えばいいのに。彼女からのメールに返信を送る。選んだ本人のいない場で着るやつがあるか。
◇◆◇
『19時半、テラス』
珍しく早く返信のきたメールにはそう書かれていた。このパーティ会場のテラスのことだと思うけれど、今日は寒いのでテラスは閉め切られている。…まあ、群れ嫌いの彼にはちょうど良いかもしれない。ホテルマンに頼んでこっそり鍵を開けてもらって外に出た。星空でも見えればいいのに今日は生憎の曇り空だ。
「やあ」
いつ現れるのかと会場からテラスの間のドアを見ていたのに、後ろから声がかかり驚く。まさか外から来るなんて思わなかった。ここ、4階だし。あなたは怪盗か何か?カンッと音をたててフェンスから飛び降りた彼は学ランを脱いでわたしの肩にかけてくれた。パラソルヒーターがあるにはあるんだけど寒そうに見えたのかもしれない。
「ありがとう」
肩幅が全然違うのでずり落ちそうになる学ランを抑えて言うと背後に立った彼が髪を触る。髪型を崩されるのは困るので思わず「ちょっと」と抗議すると、「動かないで」と肩を掴まれた。しばらくごそごそして、頭にわずかな重みを残して恭弥くんの手が離れていく。少し名残惜しい気もした。
「うん」
わたしの頭を見て彼が満足気に頷く。何したの。何されたの。気になって、手を伸ばしたらその手は恭弥くんの手に捕まる。
「後で見て」
「えー、今見たい」
バッグの中に手鏡があったはず、と思ったのにバッグは奪われてしまった。そんな子供のいたずらみたいな事しないで欲しい。「もう」手の届かないところに持ち上げられたバッグを手で追うと夜空が目に入り、眉を寄せてしまう。晴れてれば良かったのに。「星が見たかったな」と零すと恭弥くんも夜空を見上げた。「ああ、星は見えないね」でも。と彼はこちらを向きなおって、わたしの手を引く。
「もっといいものがあるよ」
フェンスまで連れてこられて街を見下ろす、4階から見える夜景なんてただが知れてるのにと思っていたら恭弥くんが上空を指差した。何かの影が降ってくる。
「ほら」
「…わぁ」
雪だ。
魔法のようなタイミングで降り出した雪は、イルミネーションの輝く街にゆっくりと落ちていく。雪なんて寒くてつめたいだけでいいことなんてないと思っていたのに、今日見る雪はきらきら輝いて見える。
「きれい」
ほう、と息をつくと恭弥くんが後ろで笑う気配。大きな手がわたしを囲うようにフェンスに置かれる。背中側が暖かい。わたしが学ランを借りているから、彼はワイシャツ1枚で寒いはずなのに。こうして風除けまでしてくれるなんて。
「今日は優しいね」
「……今日は?」
やだ、失言だった。
「今日も優しいね!」
「…………」
黙り込んだ恭弥くんがわたしの肩に顎を乗せる。学ランを借りているのも相まって抱きしめられているような気にならなくもない。雪が降る中、肩の出るドレスで外に居られるのはもうパラソルヒーターじゃなくて彼のおかげだった。
どれくらいそうしていたのかわからない。2人で雪の降る街を見下ろしていた。
◇◆◇
なまえのバッグからバイブ音がして、2人ともはっと我に帰った。
「君、探されてるんじゃない」
「そうかも」
身体を離して、バッグを返してやる。
「わ」
携帯を開いて面倒臭そうな顔をした彼女を会場に入るドアの前まで連れて行って、学ランを返してもらう。
「帰っちゃうの?」
「帰るよ」
ハンバーグあったよ、と引き止めようとする彼女に僕がこういう場嫌いなの知ってるだろと返して、ドアを開けて彼女の身体を押し込んだ。見たいものはもう見られた。ガラスの向こうから彼女が手を振る。それに手を挙げて見せて、フェンスに飛び乗った。
◇◆◇
わたしを探してメールやら電話やらしてきた男の人が目ざとくわたしを見つけて近づいてくる。
「髪飾りが増えたね。サンタクロースにでも会ってたの? 似合ってるよ。きれいだ」
そう言ってわたしの髪に唇を寄せるのはさっき写メを撮ってくれた年上のいとこ。「ねえ、さっきの写メ。思いっきり指入ってたんだけど」と文句を言うと、彼は「ああ、あれ」くすりと笑った。
「来ないやつに見せてやる義理はないかなと思ってね」
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