-
シャンゼリゼ通りは、まもなく午前0時になるとは思えないほどの賑わいだった。
まっすぐに凱旋門に向かう通りの両側の街路樹は、シャンパンゴールドのイルミネーションに彩られている。 -
Princess
わぁ、昼間みたいな人出……
-
エドワード
クリスマスイブだからね。
でもそのほうが都合がいいよ。僕たちの婚約は、まだ秘密だ。 -
エドワード王子はアメジストの瞳を細めながら、唇に人差し指を当てた。
彼と私の結婚が決まったのはつい先日のことだ。
一国の王子の婚約発表となれば、国内外に向けて多くの手配が必要なのだろうと、想像には難くない。
私たちの婚約を公にするのは年明けになると聞いている。 -
シャルルのプリンスのフィアンセは誰なのか。
報道も過熱気味になっている昨今、まさに本人がクリスマスイブに女性と歩いていたら大騒ぎだ。 -
Princess
大丈夫でしょうか。気づかれてしまったら……
-
エドワード
心配は要らないよ。
ほら、ごらん。
みな、隣にいる大切な人しか見ていない。
僕たちみたいにね。
-
促されて周りを見渡せば、ハチミツ色の柔らかい煌めきのもと、誰もがお互いだけの世界をその目に映している。
-
Princess
聖夜の魔法、ですね。
-
エドワード
そうだね。
温かくて、幸せな魔法だ。
僕もかわいい魔法使いさんにお礼を言わなければ。 -
エドワード王子が、伸ばした指先で私の頬に軽く触れた。
-
Princess
えっ、私?
-
エドワード
もちろん。
キミは僕をこんなにも幸福な気持ちにしてくれている魔法使いさんだよ。 -
Princess
それなら、私にとってエドも魔法使いさんです。
抱えきれないくらいの幸せをくださって。 -
エドワード
お互いがお互いの魔法使い……素敵だね。
今夜だけじゃない。
僕はキミに永遠にとけない魔法をかけ続けると誓うよ。
心からの愛を込めて。 -
エドワード王子は長身をかがめて私の手をすくい上げ、甲に小さくキスを落とした。
-
Princess
……!
-
彼の優雅なしぐさに、心臓の鼓動が跳ね上がる。
エドワード王子は、とった手のひらをそのまま彼のコートのポケットへと収めた。
小さな空間の中で指先をひとつひとつ絡められ、手のひらは恋人つなぎになる。 -
Princess
(ああ……ドキドキが止まらない!)
-
エドワード
おや?
顔が赤くなってしまったね。 -
きょとんとした顔を向けるエドワード王子に、悪気はない。
普段はたおやかな振る舞いをするのに、時として彼は「ぐい」と踏み込んでくるのだ。
まるで、彼の中の”男”を見せるかのように。 -
Princess
エドといると心臓がもたないです……
-
消え入る声音で言うと、エドワード王子は軽やかに笑った。
-
広場に組まれた移動式の観覧車やメリーゴーラウンドの輝きを眺めながら、私たちはゆっくりと通りを歩いた。
道には、チーズやワイン、ソーセージ、ツリーのオーナメントを売るクリスマスマーケットの三角屋根の屋台がずらりと並んでいる。 -
エドワード王子が首に巻いたストールを口元にまで引き上げてから、とある屋台で足をとめた。
-
エドワード
このバラのイヤリング。
とても良くできている。 -
Princess
本物みたいですね。
-
彼の視線の先をたどると、指の先ほどの大きさのバラのイヤリングがある。
深い赤をしたそれは、一枚一枚の花びらの大きさが同じでなく、自然に咲いたバラのように見えた。 -
店主
おにいさん、おねえさん、こりゃあ、ホンモノなんだよ。
俺が育てたミニバラに特殊な加工をしてアクセサリーに仕上げてあるのさ。 -
恰幅のいい店主が、せりだしたお腹をさすりながら言った。
店主がイヤリングをエドワード王子の手のひらに載せると、彼はじっと見入っている。
-
エドワード
やはり。
たたずまいが本当のバラにしか見えませんでしたから。
しかも、とても丁寧に手入れをされた花ですね。
-
エドワード
貴方のバラ園はさぞ見事なのでしょう。
-
店主
おにいさん、嬉しいことを言ってくれるねえ。
そうだとも。
俺のバラ園はシャルルで一番きれいなのさ!
-
胸を張る店主に、エドワード王子が「ほう」と感嘆の声をあげる。
自慢のバラ園と聞けば、彼の興味をひかないはずはない。 -
エドワード
ぜひ見せていただきたいものです。
機会があれば、私のバラ園にもご招待したい。 -
店主
おっと、驚いたね。
おにいさんもバラ園をもっているのかい?
どうりで、このイヤリングの良さがわかるはずだ。 -
「よし」と店主が両手をたたいた。
-
店主
おまけするよ!
イヤリングはそっちのおねえさんへのクリスマスプレゼントだろう? -
店主の視線が私に向けられた。
-
エドワード
見かけた時からキミに似合うと思ったのだけど……どうかな。
-
エドワード王子が、イヤリングを私の耳元にかざす。
店主の差し出した鏡を見ながら、私はうなずいた。
道行くエドワード王子の目に留まったのも納得できる、丁寧な作りだった。
-
Princess
綺麗ですね。
でも、いいのですか。
今夜は一緒に街を歩けるだけで嬉しいと思っていたのに、プレゼントまでいただいてしまって。 -
エドワード
遠慮はいらない。
僕がキミに贈りたいんだ。 -
エドワード王子が店主の手のひらにコインを落としてから振り向いた。
-
エドワード
いま、付けていくことにしないかい?
今日のキミの赤いセーターにもよく合うよ。 -
Princess
はい!
ぜひ!
-
彼がそっと私の髪を耳にかけて、イヤリングをつける。
-
エドワード
かわいい耳に花が咲いたね。
素敵だよ。
……おや? -
エドワード
雪…?
-
Princess
ですね。
-
見上げれば、漆黒の空からはらはらと雪が舞っている。
白い雪片は、エドワード王子の銀糸の髪にふわりと落ちて、なじむように溶け消えた。 -
寒いはずだと肩をすぼめたのと、首のまわりに柔らかい感触を感じたのはほぼ同時だった。
エドワード王子の白いストールに包まれたのだ。
彼は私の腰を引き寄せる。
-
エドワード
ふたり一緒にくるまってしまえば温かい。
-
Princess
ふふ。そうですね。
-
向かい合ってエドワード王子を見上げ、視線を交わしあったそのとき、大聖堂の鐘の音がこうこうと響きわたった。
-
エドワード
12時だ。
-
エドワード
……ジョワイユ ノエル、Princess。
-
Princess
ジョワイユ ノエル、エド。
-
エドワード
こんなに幸せなクリスマスを与えてくれた神とPrincessに心から感謝するよ。
-
Princess
私もです。
エドと出会えたこと、エドと結ばれたこと……すべてに感謝しかありません。 -
エドワード王子の手のひらがそっと私の頬に触れた。
-
エドワード
ジュ・テーム……
-
エドワード
ジュ・テーム、Princess。
僕のすべての愛をキミに…… -
「エド」と答えようとした声を、彼の甘やかな唇が奪った。
閉じたまぶたの向こうにも、シャンゼリゼの金の光が美しい。
-
舞い落ちる雪に、通りは次第に真綿を敷いたかのように白くなる。
夜が明ければ、白銀の世界になっていることだろう。
-
ざわめく人の波の中で、温かい腕にいだかれ、私はこの幸福がいつまでも続くようにと、強く強く、願ったのだった。
タップで続きを読む