【完結】僕らの思春期に花束を

アズールの一存でありもしない「モストロ・ラウンジ感謝祭」が決定された後、ジェイドはメイドも誘おうと心に決めていた。
自分が働いている姿を見せたいこともあったが、それよりもどうにかメイドのお世話をしたかったからである。
ジェイドは働き始める前からずっと気づいていた。自分は世話される側よりも世話する側の方がずっと向いていることに。
なのでこれは絶好のチャンスだったわけだ。
食後の紅茶を嗜みながら、早速話を持ちかけた。

「明後日は、何か用事などありますか?」
「明後日ですか?えーっと…そうですね、特にいつもと違った用事はありませんが」
「それは良かった。ぜひ、僕の働いているカフェに来てくださいませんか?」
「え?学園の中にあるんですよね?一般人も入っていいんですか?」
「学外解放日というのがたまにあるんですよ。それに今回は少し込み入った事情もありまして」

ジェイドが、これはアズールがお熱な女性を誘うための感謝祭企画であること、その女性のためだけに開かれる催しなのだがお客が全くいないと疑われかねないのでサクラが必要なこと、また、全ての料理がアズール支払いで食べれること、などをかいつまんで説明すると、メイドも前のめりになって話に食いついてくる。

「やっぱり恋っていいですよねぇ…!ぜひお手伝いさせてください!」
「恋が、いいのですか」
「え?そりゃあもう、憧れじゃないですか〜。ピュアですねアズールさん。ふふ、応援しちゃう〜!」
「憧れ…」
「だってメイドしてるとそういう出会いもないですからね」

ジェイドは、ここ、ここ、ここにいますが!?、と思ったけれど、メイドはすでに明後日の方向に思考を飛ばしてしまっていて、やっぱり伝わらずしょんぼりする。それでも冒頭の通り、来てくれるのであればまずは一つ満たされるものがあるのでよしとしようと口をつぐんだ。

「それでは明後日、お待ちしていますね」
「はい!楽しみにしていますね!」

そうして迎えたその日。
朝からソワソワと落ち着かないアズールを横目に、サクラの寮生や給仕担当の準備は着々と進んだ。

「開店時刻はもうすぐですが、すぐにいらっしゃるかどうかわからないので、皆さん気を引き締めてくだ」
「こんにちはぁ〜!」
「いっ!?」

寮生たちは思った。あの寮長がこんなに取り乱すなんてどんな人が来たんだろうかと。
しかし、そこに立っていた人物を見た瞬間にアズールの肩がガクンと十センチは落ちたところを見ると、どうやら来たのは別の人らしい。他にも誰か来る予定だったのか?聞いていないぞ?誰だよ学外解放日じゃないのに誤って来たのは!!と慌てるまもなく、キョロキョロと見回していたその人は声を上げた。

「あーっ!坊ちゃん見つけましたよー!」
(((坊ちゃん!?!?)))
「いらっしゃいませ、お待ちしておりました」
(((よりによって副寮長が坊ちゃんー?!!?!)))

寮メン総員声を出さずに驚きの嵐である。
確かに「リーチ家」と言えば名の知れた大富豪だが、こんな可愛らしい女子に坊ちゃんと呼ばれて生活していたとは初耳だったから。

「ジェイド、お前、メイドさんをいつ招待したんだ」
「おや。サクラが欲しいと言ったのはアズールでしょう。男子ばかりでは些か不安かと思いまして気を利かせたのですから、お礼を言われたいくらいですが?」
「っ…まぁ、もう来てしまったものはいい…。ただしメイドさんのお相手はお前に任せましたからね」
「もちろんですとも。もとより誰に任せる気もありませんから」
「あー!メイドちゃんだ久しぶりー!」
「あら!フロイドさん、お久しぶりですー!」
「さぁ行きましょうあちらのボックス席を押さえておきましたので」
「ちょっとちょっとオレもメイドちゃんと話してぇんだけどジェイド!」
「フロイドには仕事があるでしょう。どうぞキッチンへ回れ右を」
「はぁ!?じゃあジェイドも仕事しろよ!」

わちゃつきながら奥へ進んでいく三人を横目に、その後ろに控えていたもう一人の女性がいたことに半分程度の寮生はすでに気づいていたのだが、残りの半分は、まだ「坊ちゃん」の余韻に浸っていた。

「っ今日は、珍しい服装をしていらっしゃるので別人かと思いました」
「いやですねぇ!私だってメイド服以外の服も数枚は持ってるんですよ。着る機会はあまりありませんが。坊ちゃんに恥をかかせるわけにはいかないので」
「前に僕が贈ったドレスもいつか着てくださいませんか」
「ふふ、ドレスなんて烏滸がましいからもっと着る機会ないですよ」
「今の服装ももちろんお似合いなんですけれど、機会ならいくらでも作りますので、その時はぜひ」

そんな話をしながらボックス席に通されたメイドは、海が見えることにはしゃいだり、出てきたティースタンドに所狭しと乗せられたミニケーキにスコーン、サンドイッチやチョコレートなどに心を奪われたりと、くるくる表情を変えた。給仕をしに来るたびに、その様子を見たジェイドが悶え苦しんだのは言わずともお分かりだろう。
普段は見られない姿を目にできただけでなく、自分がお世話をすることができるのだ。これほど嬉しいことはない。足取りも軽く給仕をするジェイドを見て、メイドも心が躍った。「ジェイド坊ちゃんはお仕事も楽しんでいらっしゃる」と奥様に伝えなくては、と。

「ねぇメイドちゃんさぁ、ジェイドっていっつもあんな風なの?」
「いいえ、ジェイド坊ちゃんはいつもしっかりしてらっしゃいますよ」
「しっかりぃ?まぁ確かにジェイド、なんでも自分でやっちゃうけど」
「ええ本当に。私の仕事がなくなっちゃうくらいですよ!」

ジェイドが新しい料理を運ぶために少し席を離れている隙に、フロイドがやってきてメイドに話しかける。ジェイドが淹れたとびきり美味しいミルクティーをいただきながら対応するメイドは、甘いお菓子に満たされてほくほく笑顔だ。

「オレたち、陸のこと学びに十年近く一人暮らしすることになってっけど、別に自分で全部できるならそんな長くいる必要もないんだよね実は」
「奥様から聞いていますよ。毎月レポートも送付していますし。ジェイド坊ちゃんならもう一年もしないうちに戻ることもできるんじゃないかしら。そういえば…内緒なんですけど、近々フロイドさんとジェイドさんにお見合いの話が来るらしいです」
「ええ〜!?オレそういう束縛系のこと嫌いって知ってんのに!なぁーんでそういう話になるかなぁ?」
「御子息ですもん、仕方ないですよ」
「フロイド、あなたどうして二人きりで話し込んでいるのですか」
「あら坊ちゃん、お帰りなさい」
「はぇー。ジェイドこういう時マジで帰ってくんの早いよね」

手こそ出ないものの、態度でぺぺぺっとフロイドをあしらったジェイドは、お茶のお代わりは入り用ですか?と聞きつつ、二人の間に割り込んで座った。

「ご満足いただけましたか?」
「はいもちろん!素敵な空間に素晴らしいお料理、そして坊ちゃんの完璧なお給仕。100点満点です!ジェイド坊ちゃんにお仕えできて、私は幸せ者ですね!」
「…!」

そういって、目一杯背伸びをしたメイドは帽子の上からよしよしとジェイドの頭を撫でたので、ジェイドはそのまま倒れそうになってしまってフロイドが支える羽目になった。
一歩近づいたと思っていいですよね、とジェイドが思うその「一歩」が一気につがいの手前まで進んでいるなどとは、メイドは知る由もなく。数時間後、今日は坊ちゃんの働く姿が見られてよかった、と大満足で帰路についたのだった。
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