【完結】僕らの思春期に花束を

二月十四日。世間はバレンタインデーの本日も、アズールはめげずに今日も花屋に出向いていた。
アズールは自身に厳格なカロリー制限を強いているため、チョコレートが溢れるこの時期があまり好きではなかった。誰がどうしてチョコレートに決めたのだ。ああもう。自分へカロリーを制限しているだけで、菓子類が嫌いなわけではないのにと、少しイライラするからだ。

やっとのことで商店街を通り抜け、花屋まで来た時には、懐かしい海の匂いで少し気分が晴れたと言うのに、まさかここでもこの香りに出会うとは。

「うっ…この花どうして、」
「あっ、いらっしゃいませ。それ、いい香りでしょう?」
「え、ええ…花屋さんでこの香りを嗅ぐことになるとは思いませんでした」
「ふふ、チョコレート、甘くていいですよね。私は大好き。アーシェングロットさんは、チョコレート好きですか?」
「えっ!?」

よもや甘いものなど食べるわけないでしょう、などとは口に出すことができなかった。

「チョコレートコスモスの花言葉は『移り変わらぬ気持ち』なんですよ。この時期にピッタリ」
「な、」
「だからウチでもよく包むんです。買っていってくださる方の恋が長く続きますようにって、心を込めて」
「僕も、」
「へ?」
「僕もそれを買います」
「あ、アーシェングロットさんも、恋するお相手がいるんですか?」
「そっ、あっ!」
「ふふっ、じゃあその気持ちが続くように願って包みますね」

アズールは、「僕が咲かせたいのは、貴女との恋の蕾です」と言いたかったのだが、咄嗟のことにその台詞は声にならなかった。
しかし、どうにも幸せそうな顔をして花を選ぶ娘を見て、思ってもいなかったとんでもない言葉がぽろりと溢れた。

「一本で大丈夫です」
「え?でも、」

スッと動いたアズールの右手が、娘の手から一本のチョコレートコスモスを抜き取り、そのまま、結われていた娘の髪に差し込まれた。

「!」
「これは、僕から貴女へのプレゼントです」

それでは…と、吹きもしない風を受けながら、横髪を靡かせて店を出て行ったアズールを見送りながら、娘は「え…これ、うちの花なんですけど…」と、戸惑いを隠せないで立ち尽くしていたが、最終的にには「花屋に花を贈るなんて、やっぱり面白い人だなぁ」と印象に残ったのでよかったのかもしれない。

一方アズールは思っていた。

ここが、僕と彼女の宇宙コスモになるんだ、と。
こう書かれると何を言っているのかさっぱりだが、本人的には大満足のワンフレーズポエムだったので、そっとしておこう。
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