2023/9/24たまそう。9無配
「うわ壮五けつやらけぇ!」
リビングに響く声に、一織は飲んでいたアイスティーをぶっと吹き出しそうになった。ダイニングからおそるおそる、成人組が宴会をしているソファ部へと視線を移す。
──なんだ? ここは地獄か?
「あ、ちょ、や、やめてください……!」
一体どういう経緯なのか、ソファに片膝をついて、背もたれ部分に上半身を伏した壮五の臀部に、大和と三月の手が伸びていて、そう、揉んでいる。揉みしだいている。
「ソウって細身だけど、ケツはあれ、あのー、あれあれ……あれ! そう! 雪白だいふくみたい!」
「うおー、確かに! あはは、もちもち」
「ちょっと……! も、もういいですか? お酒取りに行きたいんですけど……!」
「えー! まだいいじゃん、まだいいじゃん」
「そーだぞ、はじまったばっかなんだから……壮五~、ちこう寄れ、ちこう寄れ~」
「わ、っ、と──」
三月が壮五の太ももにぎゅっと抱き着いた。こんなのもう拘束だ。かわいそうなことに、だいぶ酒の回った大和&三月と違って、先ほど帰宅したばかりの壮五に酒が入るのはこれからだった。そのせいで、二人対一人でテンションが全然違う。
でも、自業自得といえば自業自得、因果応報と言えば因果応報か……と一織は思い至る。今でこそ壮五は年長者二人に大いに困らされているが、普段ならば逆で、壮五の酒癖に未成年組は右往左往しているのだ。こういうときくらい、逆の立場を味わわせたまま、見て見ぬふりしても罰は当たらないか……と、一織は思ってしまった。まあ、多少痛い目にあったところで壮五の酒癖が治るわけではない。そんなことはわかっているので、戒め、というよりは、意趣返しと言った方がいいかもしれない。一織は全く、加担していないが。
でもどうしよう。そうはいってもこのままここにいるのは気まずい、だからといって100%放っておいていいものか……気になってしまって、手元の台本にも集中できないし。
(早く終わってくれませんかね……?)
そう思っていると、きぃっと廊下へつながるドアが開いた。ナギだ。
ナギが割って入って、この事態をどうにかすることをほんの1mmだけ期待したが、
「もう! いい加減に、怒りますよ!」
「怒りますよ、だってー」
「なー、やらかいけつでなに言ってんだろうなー」
冷蔵庫から炭酸水を出すと、ちらりと惨状を一瞥して、部屋に戻ってしまった。
(ダメだったか……)
確かに、壮五の尻がなぶられていたところで良くも悪くも興味がゼロなのがナギだろう。期待するだけ無駄だった。今日陸はもう自室で休んでいるし、とすると、この状況を打開してくれそうなのは──
「いおりんー、風呂あいたー」
そう、この男。四葉環である。
壮五の貞操の危機には人一倍敏感そうな男、それが環。勝ちを確信し、四葉さん、と小声で現場を指さした。
「……え!? ちょ、なにやってるのヤマさんとミッキー!」
やっぱり。どうにか、せめて普通の宴会の様相に戻してくれ、という一織の期待通りの動きを見せてくれそうで、ほっと胸をなでおろす。
「た、たまきくん……」
「そーちゃん嫌がってんだろ! やーめーろ!」
環が壮五の前(つまりソファの背もたれの向こう側)に立って、そーちゃん行こうぜ、と声をかけた。これなら解決も時間の問題だろう。安心して風呂に、と立ち上がったその時──大和のものか三月のものかわからないが、人差し指が、ぐさっと、壮五の尻の右部分に、深く突き刺さった。
「──ひあ、あっ……んっ……!」
聞いたことのない、壮五のいつもよりちょっと高い声が、リビングダイニングに響き渡った。
一織とて、思わず、動きを止める。聞いていいものだったのか、とっさの判断に困って、体が固まってしまったのだ。正解はなにひとつわからない、でも、できれば、できれば、この場にいないものと、させてほしい。頼むから。
皆が、そうだったのか。
先ほどまであんなに賑やかだったこの場所が急に水を打ったように静かになってしまったせいで、一織が立ち上がった折のガタンという椅子の音が、いやに空間に響いてしまった。
この静けさは、秒だとか分だとかのちゃんとした時間の単位で言えばきっと一秒だとか二秒だとかの、「一瞬」という長さの出来事で、でも多分、存分ないたたまれなさが、時の流れの感じ方を長く長く増幅させているように思えた。
いたたまれないのはわかる、が、誰か、打開してくれ、この状況を。
結果として、全員が、いたたまれない。自分がパーフェクト高校生だから、今の状況を一瞬で分析できた。一織はそう思った。
「そ──」
静寂を打ち破ったのは、環の声だ。一織はロボットのように首をそちらに、向けた。
壮五が、環の腹の辺りにもたれかかって、環の肘の下あたりを両手でぎゅっとつかんでいる。壮五の表情はうかがい知れない。が、環の顔は、ありありと見えた。
顔が、赤い。信じられない、というように眉根を寄せて、唇が、わなわなと震えていた。
大和と三月が、壮五の尻から環の顔に視線を移した。
「あ……………………──タマ、目覚めちゃった?」
大和がそういうと、
「あっ……!」
環が壮五を振り払って、
「ばーーーーか! みんなばか!! ヤマさんもみっきーもそーちゃんもいおりんもみんな、ばか!! ばーーーーか!!」
リビングから逃げるように立ち去って行った。
残されたのは、急な大爆笑に包まれた大和に三月、うう、とよろめいてうずくまっている壮五と、
(馬鹿って……なんで私まで?)
と釈然としない想いの一織だけだった。
翌日、学校から帰宅した環と一織が、リビングで壮五の尻を枕にしてくつろいでいる三月を目撃し、
「そーちゃん! そうやっていいようにされんな!」
「いや、なんか……三月さんなら別にいいかなって気になっちゃって……」
「諦めた顔、すんじゃねー!」
ひと騒動起きたのはまた、別のお話。
リビングに響く声に、一織は飲んでいたアイスティーをぶっと吹き出しそうになった。ダイニングからおそるおそる、成人組が宴会をしているソファ部へと視線を移す。
──なんだ? ここは地獄か?
「あ、ちょ、や、やめてください……!」
一体どういう経緯なのか、ソファに片膝をついて、背もたれ部分に上半身を伏した壮五の臀部に、大和と三月の手が伸びていて、そう、揉んでいる。揉みしだいている。
「ソウって細身だけど、ケツはあれ、あのー、あれあれ……あれ! そう! 雪白だいふくみたい!」
「うおー、確かに! あはは、もちもち」
「ちょっと……! も、もういいですか? お酒取りに行きたいんですけど……!」
「えー! まだいいじゃん、まだいいじゃん」
「そーだぞ、はじまったばっかなんだから……壮五~、ちこう寄れ、ちこう寄れ~」
「わ、っ、と──」
三月が壮五の太ももにぎゅっと抱き着いた。こんなのもう拘束だ。かわいそうなことに、だいぶ酒の回った大和&三月と違って、先ほど帰宅したばかりの壮五に酒が入るのはこれからだった。そのせいで、二人対一人でテンションが全然違う。
でも、自業自得といえば自業自得、因果応報と言えば因果応報か……と一織は思い至る。今でこそ壮五は年長者二人に大いに困らされているが、普段ならば逆で、壮五の酒癖に未成年組は右往左往しているのだ。こういうときくらい、逆の立場を味わわせたまま、見て見ぬふりしても罰は当たらないか……と、一織は思ってしまった。まあ、多少痛い目にあったところで壮五の酒癖が治るわけではない。そんなことはわかっているので、戒め、というよりは、意趣返しと言った方がいいかもしれない。一織は全く、加担していないが。
でもどうしよう。そうはいってもこのままここにいるのは気まずい、だからといって100%放っておいていいものか……気になってしまって、手元の台本にも集中できないし。
(早く終わってくれませんかね……?)
そう思っていると、きぃっと廊下へつながるドアが開いた。ナギだ。
ナギが割って入って、この事態をどうにかすることをほんの1mmだけ期待したが、
「もう! いい加減に、怒りますよ!」
「怒りますよ、だってー」
「なー、やらかいけつでなに言ってんだろうなー」
冷蔵庫から炭酸水を出すと、ちらりと惨状を一瞥して、部屋に戻ってしまった。
(ダメだったか……)
確かに、壮五の尻がなぶられていたところで良くも悪くも興味がゼロなのがナギだろう。期待するだけ無駄だった。今日陸はもう自室で休んでいるし、とすると、この状況を打開してくれそうなのは──
「いおりんー、風呂あいたー」
そう、この男。四葉環である。
壮五の貞操の危機には人一倍敏感そうな男、それが環。勝ちを確信し、四葉さん、と小声で現場を指さした。
「……え!? ちょ、なにやってるのヤマさんとミッキー!」
やっぱり。どうにか、せめて普通の宴会の様相に戻してくれ、という一織の期待通りの動きを見せてくれそうで、ほっと胸をなでおろす。
「た、たまきくん……」
「そーちゃん嫌がってんだろ! やーめーろ!」
環が壮五の前(つまりソファの背もたれの向こう側)に立って、そーちゃん行こうぜ、と声をかけた。これなら解決も時間の問題だろう。安心して風呂に、と立ち上がったその時──大和のものか三月のものかわからないが、人差し指が、ぐさっと、壮五の尻の右部分に、深く突き刺さった。
「──ひあ、あっ……んっ……!」
聞いたことのない、壮五のいつもよりちょっと高い声が、リビングダイニングに響き渡った。
一織とて、思わず、動きを止める。聞いていいものだったのか、とっさの判断に困って、体が固まってしまったのだ。正解はなにひとつわからない、でも、できれば、できれば、この場にいないものと、させてほしい。頼むから。
皆が、そうだったのか。
先ほどまであんなに賑やかだったこの場所が急に水を打ったように静かになってしまったせいで、一織が立ち上がった折のガタンという椅子の音が、いやに空間に響いてしまった。
この静けさは、秒だとか分だとかのちゃんとした時間の単位で言えばきっと一秒だとか二秒だとかの、「一瞬」という長さの出来事で、でも多分、存分ないたたまれなさが、時の流れの感じ方を長く長く増幅させているように思えた。
いたたまれないのはわかる、が、誰か、打開してくれ、この状況を。
結果として、全員が、いたたまれない。自分がパーフェクト高校生だから、今の状況を一瞬で分析できた。一織はそう思った。
「そ──」
静寂を打ち破ったのは、環の声だ。一織はロボットのように首をそちらに、向けた。
壮五が、環の腹の辺りにもたれかかって、環の肘の下あたりを両手でぎゅっとつかんでいる。壮五の表情はうかがい知れない。が、環の顔は、ありありと見えた。
顔が、赤い。信じられない、というように眉根を寄せて、唇が、わなわなと震えていた。
大和と三月が、壮五の尻から環の顔に視線を移した。
「あ……………………──タマ、目覚めちゃった?」
大和がそういうと、
「あっ……!」
環が壮五を振り払って、
「ばーーーーか! みんなばか!! ヤマさんもみっきーもそーちゃんもいおりんもみんな、ばか!! ばーーーーか!!」
リビングから逃げるように立ち去って行った。
残されたのは、急な大爆笑に包まれた大和に三月、うう、とよろめいてうずくまっている壮五と、
(馬鹿って……なんで私まで?)
と釈然としない想いの一織だけだった。
翌日、学校から帰宅した環と一織が、リビングで壮五の尻を枕にしてくつろいでいる三月を目撃し、
「そーちゃん! そうやっていいようにされんな!」
「いや、なんか……三月さんなら別にいいかなって気になっちゃって……」
「諦めた顔、すんじゃねー!」
ひと騒動起きたのはまた、別のお話。
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